お知らせ
現在、大変予約が込み合っているため
新規の予約はお受けしておりません。
予約状況に余裕が出てきましたら
新規の方の予約受付を再開いたします。
※ この記事は常に一番上に表示されます。
当院のHPに、予約のお電話をおかけいただく前に必ずお読みくださいとお願いしている、「治療についての注意と予約について」(治療を希望される方へのお願い)というページがある。ここには、予約のシステムや、操法を受けるにあたっての注意事項、ご用意いただく着替えなどについて、あれこれ書いてある。
また、初めて来院された際には、ほぼ同様の内容が書かれているものを、操法についての説明の冊子とともにお渡ししている。
これらの中身は、操法をする側、受ける側、お互いが気持ちよく向き合えるように、またお互いできるだけ操法に集中できるようにということを目的として、お願いしているものだ。そのために、ご用意いただくものもあるし、守っていただくルールもある。
またこれらは、自分以外の来院者の迷惑にならないように、みんなで最低限のマナーを守りましょう、ということでもある。
といっても、たいしたことをお願いしているわけではない。
いろいろ書いてあるが、大雑把にまとめれば、
・ なるべく集中して操法を受けられるようにしましょう
・ 他の人の迷惑にならないようにしましょう
・ お互い、最低限の礼節を守りましょう
ということだ。
それでも、「ここの治療院は、うるさいことばっかり言う」という顔をされる方も中にはいらっしゃる。問い合わせの電話では、実際にそう言われる方もいる。(いやなら、電話してこなければいいのにとも思うが…)
また、「サービス悪いのね」 といった感じの方もいるが、操法は、ドテッと寝転んで、「さあ、揉んでくれ」 といった類のものではない。お互いが、生命に対する礼節をもって、ある意味厳粛に臨むものである。
その自覚を持っていただくためにも、自分で使うものは負担にならない範囲で、ご自身で用意していただくし、当院の方も過剰なサービスは一切ない。
確かに、うるさく言う事柄もある。
それは、時間についてだ。
「予約時間の10分前までにおいで下さい」
「予約時間においでにならない場合は、治療をキャンセルさせていただくこともあります」
これは、後の予約の方に迷惑がかかりますので、時間厳守でお願いしますということだ。
「こっちは忙しい中、時間を割いて通ってるんだ。そんなに、毎回時間通りにこられるか」
「これでも、ぎりぎりの時間なんだ」
などと、おっしゃられる方もいるが、「貴重な時間を割いていらしているのは、みんな同じです。
あなたの後に5人の方が続いていたら、あなたが遅れたら、後の5人の人に迷惑をかけます。
最初から間に合うかどうかわからない時間には、予約を取らないで下さい」 と言いたい。
実際には、電車が遅れたり、出掛けにお腹が痛くなったりと、やむをえない事情で遅れる場合もある。
もちろんそういうときは、こちらもできる範囲で融通を利かせる。
何でもかんでも、額面通りにということではない。
こちらがお願いしているのは、心構えと気遣いの問題だ。
いつも同じことを書くが、操法とは、お互いが礼節をもって真摯に取り組むべきものと考えている。
別に鹿爪らしい顔をして、儀礼的になる必要はない。堅苦しいのは私も苦手である。
ただ、操法は掛け替えのない命に対しておこなわれるもの、ということをお互いがしっかりと肝に銘じていることは大切だと思う。
一回一回の操法は短い時間ですが、茶道で言うところの一期一会の気持ちを持って、より良い時間を共有しましょう。
この記事を読む前に、まずは眼を閉じて、ゆっくり一から十まで数えていただきたい。
はい、どうぞ!
さて、あなたはおおよそ十秒間、眼を閉じていられたであろうか?
閉じていられた方は、頭の(脳の)緊張が適度で、それなりにリラックスしている人だ。
十も数えていられず、すぐに眼を開いてしまった方は、頭の緊張が強い人。
眼を閉じずに、ここまで読み進めた人は、さらに頭の緊張が強い人だ。
もしくは、とてもせっかちな人だが、その場合でも、もともと頭の緊張度は強い人といえる。
眼を閉じるという行為は、脳の緊張(興奮といってもいい)と密接に関連している。
脳の緊張が強いと、眼を閉じることが難しくなる。
操法において、仰臥で頚を触る場合など、相手の方が眼を開いていたら、閉じてもらう。
これは、眼を開いていると頚の緊張が抜けづらく、弛みにくいからだ。
頚が弛まないというのは、頭の緊張が抜けないということとイコールである。
しかし、ある程度以上に頭の緊張が強い人は、「目を閉じてください」と言っても、閉じることができず、眼をぱちぱちしている。
「眼を閉じづらいですか?」 と聞くと、本人も閉じられないのが意外らしく、戸惑いながら「はい」 という。
本当に緊張が強い場合は、眼を閉じようとしても閉じられないのだ。
無理に閉じても、まぶたがピクピクと痙攣する。
また、頭が緊張している人、頭が疲れている人は、眼を閉じても絶えず眼球が動いている。
まぶたの上から直接触って眼に愉気することがあるが、頭が弛まない人は、クルクルと眼球が動くのを指の下に感じる。
浅い眠りで、夢を見ているときと一緒である。
脳と眼は、とても近い関係にある。眼は、脳の出先機関のようなものである。
また、眼は心の窓とも言うが、心の平静を欠いているとき、つまり頭の中が正常でないときは、目つきもまたおかしい。
現代では、多くの人が眼を酷使している。眼そのものも疲れているが、その影響は頭にもいく。
パソコンでも読書でも、頭が疲れる前にまず眼が疲れてしまう。
そして、眼が疲れると頭もボーっとして、役に立たなくなる。
そんなときは、蒸しタオルで眼を温めると良い。
眼の疲れも取れるが、同時に頭の緊張も弛む。
蒸しタオルは、しぼったタオルをレンジで温めてもいい。ただし、かなり熱くなるので火傷しないように注意が必要。
温める時間は、6~8分ぐらい。
できれば片眼ずつ温めると良いが、面倒だったら両方一度に温めてもいい。
よく冷めないようにと蒸しタオルをビニール袋などに入れる人がいるが、この場合はだんだんに冷めていくという温度の変化が体に良い影響をもたらすので、直接当てた方がよい。
妊娠中の整体は、継続して当院に通われている方のみを対象としておこなっているが、産後の体の立て直しを目的とした操法は、どなたでもお受けしている。
ただし、「やせたい」、「キレイになりたい」、という美容が第一目的の方には、残念ながらご期待に添えないと思う。
最近、「産後に骨盤を整えると、やせてキレイになる」ということが、いろいろなところでいわれるようになった。
それらの情報・理論・体操の大部分は、元をたどると何らかの形で野口整体につながっているものと思う。
しかし、残念ながら、野口整体の理念や技術はどこかにいってしまって、 「骨盤を整えるとやせる」 ということだけが、一人歩きしている感がある。
たしかに、産後に骨盤を中心に体を整えていくと綺麗になる。スッキリとやせてスマートになる人もいる。
しかし、それはあくまでも、「体が整った」、「元気が満ちた」、「健康になった」 ということの表れであって、始めから「やせる」ことを目的として操法するものではない。少なくとも、私はそう思っている。
そう思っている私がおこなう操法であるから、美容を第一に考えていらっしゃる方には合わないであろう。
そもそも心に屈託がなく晴れやかで、体が整っていれば、妊娠中や出産後の女性は、とても美しい。
生命力に満ちて、女性だけが持つ力をこれ以上ないほどに発揮している姿である。
そして、その美しさの源は、母性にあるのだと思う。
妊娠中や出産直後は、女性がもっとも強く母性を発揮するときだ。その母性の発露としての美しさは、神々しいとさえいえる。
そういう美しさに接する機会が多いことは、私にとっても幸せなことだ。
しかし、中には産まれたばかりの赤ちゃんのことなど頭の隅にもなく、自分の体重が減ることばかりに関心がある人もいる。
操法を受けに来ても、産後の体調や母乳の出具合について、また夜泣きなどの赤ちゃんに関することに話を向けても、全く興味のないふうで、ただひたすら 「骨盤は閉まっていますか?」、「まだもう少しやせますか?」と、そんなことしか言わない。
そういう気持ちのあり方が、赤ちゃんが生まれて、まさに今、一日一日育ちつつあるときの母親の当たり前の心の状態だとは、とても思えない。
そんな母性のかけらもない、自分のことしか頭にない人が、たとえ痩せようが腰周りが細くなろうが、私には全く美しくなったとは思えない。
そういう人と私は、美しいということに対する感受性が全くすれ違っているので、お互いにどこまで行っても平行線だ。
というわけで、美容目的で産後の整体を受けたいという人には、期待に添いようがないのだ。
しかし、そもそも妊娠しても、出産しても母性が育たない人は、やはり体の自然を失っている人だ。
心も体も自然な人は、母性も自然に湧いてくる。
妊娠前から体を整えることを勧める理由は、ここにもある。
母性も母親としての自覚も、体の状態と無関係ではありえないのだ。
また、体が整っていれば、心身両面で子育ても楽になる。
もう、2年前になるだろうか?
『ワガママ妊婦のおとりよせ』 という本で、妊娠中・産後の整体の体験記事で紹介されてから、妊娠中の方からの問い合わせが急増した。
その本の中でも、但し書きを入れていただいたのだが、残念ながら妊娠されてからの初診はお断りしている。現在、妊娠中の整体は、当院で妊娠前から体を整えている方だけ対象におこなっている。
妊婦の整体は、妊娠・出産を、母体をより健康へと導く機会として活用するものであり、同時に産まれ来る赤ちゃんが元気で丈夫な子に育つための基礎を作ることが目的である。
もちろん妊娠中のいろいろなトラブルにも対処する。
妊娠中に起こる症状として多いのは、つわり・むくみ・腰痛などだが、これらは愉気を主体としたシンプルな操法でほとんどの場合、簡単に消失してしまう。
つわりの8~9割は、妊娠して弛むべき骨盤が硬直している場合に起こる。ほとんどは骨盤の左右どちらかがより硬直し、そちら側の腸骨が開きにくくなっている。これを愉気して弛めれば、だいたいの場合1回~2回の操法でつわりはなくなってしまう。
むくみは、側腹と呼ぶわき腹の操法で改善する。この操法は、つわりにも腰痛にも効果がある。押さえ方にコツがあるが、わき腹を外に引っ張り出すようにつまんで愉気するだけでもいい。(肉のつき具合を確かめるときのような感じで…) 両方つまんでみて、より硬い側だけつまむ。
腰痛には、いろいろなアプローチがあるが、妊娠中は強い刺激は使えないので、妊婦さん用の押さえ方や刺激の方法を用いる。
妊婦さんは、そもそも体が敏感で気に対する感応も良いので、愉気や簡単な刺激ですぐに体が整ってしまう。
こう書くと、妊娠中の整体は簡単そうに見えるが、簡単に効果をあげているのにはわけがある。
それは、私のみる妊婦さんは、「妊娠する前にすでに体が整っている」ということだ。
もともと体が「整体」である妊婦さんであるから、ちょっとした働きかけで良くなってしまう。そうでない場合には、そんなに簡単にはいかないことも多い。
面倒を避ける気持ちはないが、妊娠されてからはじめて来院された方の場合、その方の体の傾向や特質も把握していないし、お互いの間に信頼関係も築けていない。
そんな状況では、妊娠中の急なトラブルにも余裕を持って対処できないことも考えられる。
体というのは掛け替えのない大切なものであるが、妊娠中となればなおのことである。上記のような理由から、妊娠されてからの初診はお断りしている。
(ほかにも、いくつかの理由はあるのだが…)
これから妊娠を考えていらっしゃる方には、ぜひ妊娠前から体を整えておくことをおすすめしたい。もちろん、当院でなくても、整体法(野口整体)をしっかりと学ばれた方のところであれば問題ないと思う。施術者との相性もあるので、何ヶ所かまわってみてもいいと思う。
久しぶりにブログを更新する。軽く久しぶりといっているが、およそ3年も更新していなかった。このところ忙しく、まとまってPCの前に向かう時間がとれなかったということもあるが、多少ネットに飽きていたこともある。
先日、「整体操法制定委員会.3」に追記を記したのをきっかけに、また少しずつでも更新しようかと思い立った。
「整体操法制定委員会.3」では、野中豪策という天才的な治療家の記事を書いた。整体操法の技術には、多くの療術の技術が流れ込んでいる。それぞれが、一流一派をなす大家の技術であるが、その中でも野中氏の技術は、ひときわ秀逸だったようである。
氏の技術は、鍼灸などの漢方理論によるものではなく、ましてカイロプラクティックなどの西洋式の理論や技術を取り入れたものでもなく、日本に独自に発達した、まさに療術色の濃い治療技術のようだ。
野中操法を伝承されている川島先生という方が、 『月刊手技療法 4月号』 で野中操法について紹介されている。整体操法に興味のある方には、是非お勧めしたい。
整体操法の中には、いろいろな手技療法の技術が流入しているが、手技療法以外にも武道の活法の技術なども入っている。腹部活点 ・上頚活点など、今も活点と呼ばれているところの多くは、元々武道の活法において、「活」を入れて 「活かす」急所だ。
呼吸はあるが意識がないという状態の人は、上頚というところ(第2頚椎の三側)を押さえると気がつくが、これは「脳活帰神法」といって、元々武士の嗜みの一つだったといわれる。おぼれて溺死しかけた人を救う救急操法なども、まさに活法である。
武道の活法以外にも、鍼灸 ・漢方医学や民間に伝わるさまざまな治療法の技術も整体操法の中に流れ込んできている。また、治療法に限らず、呼吸法、気合術、昔からのお産の知恵などもそうである。
もちろん、西洋医学を支えている解剖学 ・生理学 ・病理学の知識なども、整体操法と無関係ではない。
食中毒のときには、足の第2指を折り曲げてその指裏がつくところ、つまり足裏の第2指の付け根あたりを押さえる。上手に押さえて愉気すると、みるみるうちに気分の悪さがおさまっていく。
足の裏のこの場所は、鍼灸の世界で「裏内庭(うらないてい)」と呼んでいるツボで、本来は食中たりのときには「お灸」をする急所である。中毒しているときは、大抵この部分は鈍くなっていてお灸をしても熱くない。そのお灸が熱く感じるようになるまで、何度も何度も繰り返しお灸をしていく。そして、「熱い」と感じるときには、吐き気や気分の悪さも治っている。
足の第2指は、肝臓の働き(解毒)と関係している。食中毒のときには、食べた悪いものを速やかに排泄するように促すことも大切だが、「裏内庭」を押さえると解毒が進み、とりあえず気分は良くなる。また、嘔吐 ・下痢をくり返して、出すものもないのにそれが止まらなくなっているようなときも有効である。
めずらしいところでは、耳をつまんで目の治療をするというのもある。整体操法が制定されたころ、耳殻をつまんで眼病を治す有名な(知る人ぞ知る?)女性がいたという。特に白内障を治すということで評判をとっていたらしい。
この耳殻をつまむという方法も、整体操法に取り入れられている。白内障や目の疲れなどにも使うが、寝不足になると耳殻が硬くなることから、寝不足による体の不調を改善したいときにも耳をつまむ。
目が疲れていたり、寝不足のときには、つままれると結構痛い。整体操法で「痛くするほど良い」ということはあまりないが、この耳殻だけは痛くないと効かない。もちろん、力ずくでやればどうやっても痛いが、後まで痛いようではつまみ方がよろしくない。「痛たたっ!」っと感じても、後は痛くないというのが上手な痛みの作り方。
しかし、件の元祖は二枚の硬貨で耳殻をはさんで内出血するぐらい刺激したというから、あまりお上品でも良くないのかもしれない。
整体操法の制定に関わった人物の中でも、野中豪策という人は、その名の通り豪快でおもしろい人だったようである。「人間は玉でごわす」というのが彼の持論で、へそを中心として腹部を玉と見なし、その外側縁を「健康線」と呼び身体調整の最重要点としていたという。整体操法の側腹操法や、皮膚病に用いる恥骨操法は、彼の技術がもとになっている。
野中氏は恥骨操法を、「皮膚病一切奇妙」と名付け、「皮膚病の一切が治る急所だ」といって皮膚病治療に効果を上げていたという。また、「ガンも内臓に出来た皮膚病だから」と、恥骨への操法で癌も治ると豪語していたらしい。
野中氏は腹部外縁の操法で有名だが、手にある脳溢血の後遺症の調律点なども彼の治療法から採用されている。以前、何かの資料の中に、「腹痛一切奇妙」と名付けられた足の甲の調整点があったのを見た憶えがあるが、これもネーミングからして元は野中氏の技術の中にあったものかもしれない。
宮廻清二という人は、尾骨の調整で有名だった人で、尾骨を操法することで胸郭(肋骨)を整えるという技術を持っていた。肺結核などの呼吸器病を、尾骨の操法で治していたという。彼の尾骨操法は、肋骨の調整や眠りを深くする操法としてなど、整体操法の中に今も受け継がれている。
柴田和通氏の「手足根本療法」は、現在では「足心道」と呼ばれている。整体操法の中の足指 ・足裏の操法には、柴田氏の手足根本療法の影響が見られる。「脊髄反射療法」の梶間良太郎氏は、胸椎9 ・7 ・8のショックによる副腎操法の生みの親だ。
そのほか、この資料(整体操法読本 巻一 野口晴哉著 )の中では委員の名前に入っていないが、永松卯造という人の永松活点は、整体操法の中で腹部第5調律点となっている。
腹部第5調律点は痢症活点とも呼ぶが、古い資料では永松活点と痢症活点は別のものとして図示されている。どちらも右季肋部だが、痢症活点は肋骨の縁であるが、永松活点は肋骨のずいぶん奥になっている。永松氏が右の季肋部を押さえると、四指の根本まで肋骨の裏に入ったそうである。
・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・
追記
この記事の中の野中豪策氏に関する内容は、私が整体の師から直接聞いた話であるが、野中氏はその晩年においてガンに対する認識は変っておられたという。そのことに関する詳しい情報が、氏の治療技術を継承されている方のブログに掲載されている。
ガン治療に対する野中氏の晩年の考え方の変化と氏の治療技術に関する情報を多くの方々に知ってもらうことを目的に、ブログ管理者の方のご了解を得て、以下にリンクを貼らせていただいた。
2009.3.18
整体操法制定委員会の委員の顔ぶれを見てみると、オステオパシー ・カイロプラクティック ・スポンディロセラピーなどのアメリカ発祥の手技療法をおこなっていた人が意外と多いことに気づく。これらの療法は、大まかにいうと脊椎を中心とした人体の関節を調整することで全身の機能を改善し健康を保つことを目指している。(脊椎も椎骨が関節を作って連なっている)
整体操法の脊椎操法は、これら舶来の療法の影響を多分に受けている。オステオパシーやカイロプラクティックなどが入ってくる以前、日本の手技療法といえば、ほとんどが漢方理論によるものだった。背骨やその周囲に働きかけるとしても、経絡(体内を流れる「気」の経路)及び経穴(いわゆるツボ)に対する働きかけが中心で、脊椎そのものの可動性や弾力を調整するという発想は、あったとしてもごく少数派だったと思われる。
整体操法が制定される少し前から、これらアメリカ式の脊椎調整法が日本の手技療法の中に少しずつ取り入れられてきた。整体“言”始めでも書いたが、オステオパシーは大正年間に山田信一氏によって日本に紹介されている。山田氏も制定委員のひとりだ。
カイロプラクティックが日本に入ってきたのは、オステオパシーよりも少し遅いらしいが、今ではオステオパシーよりも一般的に知名度が高いようだ。ここ十数年ほどでカイロプラクティックという正式名称を名乗るところが増えてきたが、それ以前は 「整体」 と名乗ってカイロを施術しているところが多く、いろいろと混乱を招いていた。
スポンディロセラピーは、脊椎反射療法と和訳され、“あんま・マッサージ・指圧師”の国家資格を取得するための教科書にも、指圧に影響を与えたものとしてオステ、カイロと共に名前を挙げられている。按摩は奈良 ・平安時代からおこなわれてきたが、指圧はこれら外来の手技療法の影響を受け近代になって成立したものだ。
スポンディロセラピーは脊椎の棘突起やその両側の皮膚 ・筋肉に叩打、押圧、振動法、温熱 ・冷却などの刺激をおこない脊髄反射中枢に刺激を与え治癒をうながすというものだったようだが、現在日本でこの療法をおこなっているところはとても少ない。
整体操法において、脊椎の観察と操法はとても重視される。しかし、そのアプローチの仕方は、影響を受けたと思われるオステオパシーやカイロプラクティックとはだいぶ異なったものとなっている。オステやカイロは、大まかにいえば、背骨の転位(ズレ)が体の機能を不全にさせると考える。そのため、まずはその脊椎の異常を正すことに重点が置かれる。背骨の不自然を正せば、自動的に体の機能は改善するという考え方だ。
整体法では、骨が曲がったり歪んだりしているのを見つけても、それをすぐさま元の位置に戻そうとはしない。その歪みやズレがなぜ起こるのかということをまず考える。目を酷使しても、体が冷えても、お酒を飲み過ぎても脊椎は可動性を失ったり転位したりする。その原因となる生活の仕方、体の使い方の方を正すことを考えずに、とりあえず骨の歪みを真っ直ぐにしてしまおうとは考えない。
目を蒸しタオルで温めたり、足湯をしたり、飲み過ぎないように注意すれば元に戻るような背骨の変化は、直接背骨を矯正しない方が体にとっては良い。それだけでは自然な状態に戻れなくなってしまっている異常であったら、その時はじめて脊椎に働きかける。それも、力で矯正するのではなく、自然に治っていかない「感覚 ・働きが鈍った状態」を、自力で戻る力を発揮するように「敏感な状態」(過敏ではない)にしていくことに尽きる。
なるべく自分の体の中の力で治っていくように手伝っていくのが整体式。そうしていくことで、体が自然治癒力を発揮するように育てていく。手伝い過ぎると体は自分の力を発揮しなくなってしまう。また、場合によっては体にとってかえって負担になる。骨の歪みを矯正技術で外部の力で治すというのは、整体法では最後の最後の手段となる。
「整体法」(野口整体) における他律的身体調整の技術を、「整体操法」という。整体操法の理論と技術体系は、野口晴哉氏の卓越した人間観 ・生命観に貫かれて、他に類を見ない独創的なものとなっている。しかし、当然ながらその内容は全てが野口氏のオリジナルというわけではない。もちろん昔からおこなわれてきた伝統的な医術の流れを受け継いでいるし、さまざまな治療法 ・身体調整法から多くの技術が取り入れられている。
整体操法が確立した前後、大正から昭和初期というのは、手技療術の大いに発展した時代だったようだ。古来からの日本的、東洋的な手技療術 ・民間療法に加えて、アメリカから入ってきたカイロプラティックやオステオパシーなどの影響をうけ、さまざまな手技療法が発展し花開いた、まさに「療術百花繚乱」の時代だったようである。整体操法は、そのころの治療の大家が一堂に会して、当時の技術の粋を持ち寄ってつくられた。
手技療法全盛のその当時、一流一派を率いる名人 ・大家と呼ばれる人々が、それぞれの経験にもとずく見識と理論と技術を持ち寄って、療術界の発展のために新しい技術体系を創り出そうという動きがあった。その動きの中心にいたのが「整体法」の創始者である野口晴哉氏だった。
はじめ整体操法は、東京治療師会の手技療術のスタンダードとして制定された。野口氏の古い著書に、そのあたりのことが詳しく書かれている。
「整体操法制定委員会は昭和十八年十二月設立し、昭和十九年七月迄毎夜の論議を経てその基本形を制定し、同月の東京治療師会役員会に発表し、全員一致の支持を得て之を東京治療師会手技療術の標準型と決定したのであります。ここに手技療術の新たなる発足が始まったのであります。個人のものから団体のものに移り、いろいろな角度からいろいろの検討が行われ、 ・・・(中略)・・・ その後も連日多数会員の協力が加わって進歩向上しつつあるのであります。独特の殻を破った手技療術の歩みこそ他のいろいろの療術の範をなすものであります。」(野口晴哉著 整体操法読本 巻一 ※原文は旧仮名遣い)
その第一回の制定委員会の委員の顔ぶれは以下の通り。
「野口晴哉(精神療法)を委員長として、次の十三名の委員によって構成されていました。梶間良太郎(脊髄反射療法)、山田信一(オステオパシー)、松本茂(カイロープラクティック)、佐々木光堂(スポンデラテラピー)、松野恵造(血液循環療法)、林芳樹(健体術)、伊藤緑光(カイロープラクティック)、宮廻清二(指圧末梢療法)、柴田和通(手足根本療法)、山上恵也(カイロープラクティック)、小川平五郎(オステオパシー)、野中豪作(アソカ療法)、山下祐利(紅療法)、その他に美濟津貴也(圧迫療法)他三、四名の臨時委員が加わりました」( 同著 )
多くの治療家が参加しているが、整体操法を構築していく上で理論的 ・技術的に柱となり核となったのは、やはり元来野口氏が持っていたものだったのではないかと想像する。基本的に治療家というのは、みな一匹狼であり、それぞれが一国一城の主である。これだけ多くの治療家が集まって、いくら議論を交わしたといっても、そうそう意見がまとまるとは考えにくい。
真珠や金平糖が核があってできあがるように、整体操法にも核になるものがあったのではないだろうか。後に野口氏は治療ということに対する考え方の相違から療術師会と袂を分かつのだが、他の委員のほとんどは、もともと自分のおこなっていた治療法に戻っていく。野口氏だけが、この整体操法を自分の治療技術として用い、さらに発展させてゆく。このことから考えても、そもそも整体操法の基本部分は野口氏のもともと使っていた技術だったのではないかと思う。
そして、野口氏の思想と技術という中心となる基盤があったからこそ、整体操法が単なる寄せ集めに堕することなく、理論的にも統一された、すぐれた身体調整の技術体系となりえたのではないだろうか。
引用した著書には、こんな文章もある。
「質問に答えて
各委員は材料を出し合った、しかしそれを合併したのが整体操法では無いのであります。小豆と砂糖と寒天とで羊羹は造られるでありますが、羊羹の味は羊羹であって、小豆や砂糖や寒天の味が残っていればそれは上等の羊羹では無い。或る委員の出した材料が見当たらないと言われることは、その練り用を褒めて頂いたように思われる。希くばこの羊羹から、小豆の味を見つけようと味わわないで、羊羹そのものを味わって欲しい。」