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其の2 始めに気あり、動きあり (柳澤)

機運と云うものがある。
ある種の高まり感だ。


白山治療院の指田先生との公開往復ブログを始めるきっかけになったと云う
私自身の発言を、私はよく覚えていない。

確かあの時、あの場で、、、、と、
外郭と背景だけ、思い出せる。
その時、その場の相手の表情や場面の空気感だけ、感触だけが浮かぶのである。

しかし、こんなアヤフヤで頼りないイメージであっても、
受け手の指田先生の中に、キッチリ届けられ、そのイメージは
増殖され進化して、空想の中からこの「季読み通信」は、
このように形なしたのである。

今度は、呼びかけを受ける事になった私の中には、
この面白い取り組みの空想の広がりを感じる、イメージが羽ばたき
いくらでも自由にふくらんでゆく、高まりを覚えるのである。


空想はどこまででも、膨らんでゆく。

機運と云うものまで、感じる。

勝手な思い込みではある、、、、。
けれど、人は形のないもの、まだアエカで朦朧とした蠢きの中に
機を感じ取り、勢いを予感するのだ。


予感であり、空想である、、、

熟さぬまま中途で頓挫してしてしまう可能性は大きい。
形なすには形なすだけの蓄えと備えが必要なのである。
知らず知らず積み重ね、鍛えられ、蓄えられた何モノかに依るのである。





もの事の始めには、何事にも、まず「気」の蠢きがある。
原初にはまず、「気」ありき!なのだ。

これは、どのような“コト”においてもである。
生命活動にも、さまざまな出来事にも、人生にも、季節においても、歴史の中にも、
「気」のウゴメキがある、、、

そして、ウゴメキの中から動きが生まれてくる。
方向性を掴んだ動きが生じ、展開し始めるのである。


「気」とは、勢いといっても言い。

けれど、それは高まりだけではない、
減退し、引いて行く勢いもある。
明確で充実したものもあれば、ワサワサとただ無目的な混乱の
力感だけに満ちみちたエナジーだけと云うコトもある。


「気」が動きに転じた時から
連動が生まれ、次々連なりあいながら、ヒビキが伝播してゆく。



整体操法は、この「動き」に働きかけ、調整する技法である。

あらゆる変動、愁訴、異常と云うものの
まず、始めには「動きの失調」と云うものがある。

動きが停滞し、鈍り、、、弾力の、振幅の幅を失う、、、

これが、始まりである。



要求のウゴメキが身体の内奥に生まれると、
それは、方向性を選りだして動き始める。

この動き、信号の連絡とも言えるけれど、
確かに動的な方向性を持った進行が何度も何度も繰り出されるのである。

整体、といえば
一般的には、腰痛であり、肩こりや、筋肉の疲労感や
脊椎矯正と考えられがちである。

ギックリ腰など、お手の物と云うコトに
なる訳だけれど、この整体の初歩の初歩と考えられる
ギックリ腰にも、緻密にこの「動きの失調」に集注してみると
成った過程と、次に向かいたい方向と、
過去と未来の情報が、混ぜこぜにその、滞って動かない
1点の中にあることが感じ取れる。

そもそも、ギックリ腰とは、どのようなものと
考えられているのだろう、、、

「何らか」のきっかけで起こった、腰椎部ないし仙骨部近辺の
急性の損傷による、症状である、、、、と。

しかし、この「何らかの」と云うものの前に、、
きっかけで、、、と云う前段に、「動きの失調」が存在するのだ、
「要求の中断」が、そこには在るのである。


たとえば、ある人が数十キロの荷物を
引き上げようとした、
斜め後方に、引き付けるように上げたのである。
普段、何度も繰り返し、やり付けた仕事である。
日常動作とさえいえる、、、、

このような慣れた繰り返し動作が、落とし穴である、
この人は、鼻歌でも歌っていたのであろうか、
あるいは、はあああと、一瞬ため息をつきながら
引き上げたのであろうか、、、


ギックリ腰に、何か「きっかけ」があるとしたら
呼吸のミスマッチ、がある。
それ以外にないとも言える。

息を吐きながら、身体が弛んだ状態で
動作をすると云うコトは、身体にとっては
かなりの冒険なのだ。
危険をはらんだ、避けるべき行為なのである。

この「きっかけ」によって、
何度となく酷使され続けてきたこの人の腰椎1番と5番の
椎側の連携運動に、ロックがかけられる。
いやあ、無理無理!、もう無理!!
と云うような具合で、疲労が蓄積されていた
系統が一瞬にダウンし、極端な痛みの警告を起こすことで
身体の一旦停止を知らせ始める。

この人の腰椎1番の上下動作はくたくたに疲労状態であった、
すでに動きのまったく失われた1点を囲っているような状態だったのだ、
それを助けていたのが腰椎3番であったのかもしれない、
けれど、この数日の間にこの腰椎3番が動きを停滞させていた、、、、。

何だろう、何らかの要求の中断を余儀なくさせられていたのであろうか、
いずれにしても、3番の助けを失い、息が乱れた状態で
弱りかけていた腰椎1番にダイレクトに負荷がかかった、、、

ギックリに成らない方が、おかしい、、というか
ギックリにしなければ、身体全体の安全を保てなかったのである。

この人の、腰部を丹念に観れば、
本人が痛覚を感じている腰椎5番から、
上下にぐんぐん伸びてゆく動きが掴める、
上下運動、腰椎1番までつながる「伸び」の希求が、感じられるのである。

腰の下のほう、つまりは腰椎5番から左側の骨盤にかけて
痛みを訴えているわりに、
左足をヘソに向かって引き上げてもらうと、
あっ!別に痛くない、、上がるねー、、、、と言う。
逆に右を上げてもらうと、痛っ!痛、たたた、、と言う。

これは、腰椎3番が捻れ、ロックされてしまって
痛覚ラインの逆転を起こしているのである。

腰椎5番から連動して一瞬に硬直化した
ポイントを順々に、押圧してみると、どこも
同じように上下運動に方向性が向かって、弛んでゆく、、、
希求方向が同じなのである、
それは、負荷がかかった方向性でもある。

体形と云うもの、歪みと云うものは
要求の方向性の表現、である。
要求がそちらにあるのだから、これを一律に矯めてみても
始まらない。

原初にウゴメキ、方向を掴んで動き始めた「気」は、
その希求の実現に向けて、
何度も何度も、トライするのである。

最大の障害は、「停滞」である、、、、、
滞り、止まってしまう「動き」の中断、
「気」が、もっとも頭を悩ませるトコロなのである、、、、。




私の、第1返信はここまで、、、

連句のようにつながり続ける、この通信に
次は、どのように「付け合い」されるのか、
楽しみである。

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