其の17 急処、体を変える一点(指田)
其の16 急処が急処である理由 で柳澤先生が語られているのは、まさに 「動的身体論」 である。
「処」(ところ)が特定の身体上の座標をいうのではなく、その部の変化とその感覚をいうのであるというところから説き起こし、体の波(虚実の転換)によって変化する 「体勢」 に触れつつ、身体気法的 「動的整体」 操法の世界をケーススタディ的に紹介されている。
整体で 「処」 = 「調律点」 としてまとめられているものは、体の中にあるいわゆる急処の中で、汎用性があるものをピックアップして整理されたものである。
そもそも、「急処」 というだけあって、急場に変化が起こり、またその 「急場に間に合う処」 という意味である。
急場に対処するとは、急性の異常に対処するという意味でもあるが、体というものは常に動き変化し続けているので、その千変万化に対応するための 「処」 という意味でもあるだろう。
体は常に流動的で変化し続けているものであるから、その動的身体に於ける急処というものも常に変化している。
その状況によって、処が急処となったり、急処でなくなったりすることもある。急処は、時を得て急処となり得るのである。
また、その時その人の急処となり得る場所は、必ずしもいわゆる調律点とは限らず、思わぬところに現われることもある。
整体の体の見方には、まず気ということが始めにある。形ではなく、形以前の動きに注目する。その動きをもっと突き詰めたところに、動きを作り出す気の働き、“ 気の虚、実の転換 ” というものがあるわけだ。
野口晴哉先生によってまとめられた整体は、その出発時点から動的身体論の上に成り立っているのである。
そして、その動的身体論の世界では、処は “ ものの転換を図るポイントなのである ” ということであり、“ 整体に治療点は存在しない、、ともいえる ” ということになる。
しかし、である。
実際には、こういう変動が起こったときにはここが急処、という特効穴的な急処もある。いわゆる 「救急操法」 としてまとめられている一連の急処などがそれである。
もちろん、それとても体の転換を図る一点ということではあるが、臨床ではもっと単純に症状との対応で、○○の急処というものが活用されることも決して少なくない。
呼吸はあるが意識がないときに使う上頚活点(脳活帰神法)。後頭部にあるガス中毒の急処。月経痛や睾丸痛など生殖器系の激しい痛みを止める膝裏の禁点。食中毒などのときに毒消しの急処となる胸部活点。古い打撲の影響を抜く急処・・・などなど。
これらの急処には、民間に伝承されてきた療術や鍼灸按摩などの漢方医学、また武道・武術の活法などから整体に受け継がれたものも多く、今では本家が消滅して整体だけに残るものもあるようだ。
こうした急処は、まさに先人の残した大いなる遺産ともいうべきものである。失伝を避けるべく、しっかりと次世代に引き継がなければならない。
急処の中には活点・禁点と呼ばれる処がある。そもそも活点というのは、活を入れる急処である。まさに急場に間に合う処であり、いざという時に一気に体を変化させる力を持つ。
鎖骨窩にある胸部活点は、体の状況によっては喀血を引き起こすこともあるので、現在は禁点となっている。禁点に対する操法は文字通り禁じ手であるが、実は上手く使えば大きな効果を上げることができる処でもある。
鍼灸の世界では、特効穴というものがある。特定の症状に顕著な効果が認められる経穴(ツボ)で、作用機序は解明されていないが、ともかくそこさえ使えば症状が改善するという便利な経穴である。
数ある特効穴の中でも、痔や脱肛に効く頭のてっぺんの百会(ひゃくえ)や、食中毒に卓効がある裏内庭(うらないてい)は、整体操法にも急処として取り入れられている。
食中毒に効く裏内庭の位置は、足の第2指の裏に墨を付け、その指を曲げて墨の写ったところだ。鍼灸では、主にお灸を使う。
食中毒のときには、この部位が硬くなり感覚も鈍くなる。お灸を直接据えても、鈍くて熱さを感じない。そこで、熱さを感じるようになるまで繰り返しお灸を据え続けるのだ。
岩波新書の「鍼灸の挑戦」(松田博公著)という本に、この裏内庭が本当に効くのかどうか、自分の体を使って実験をした鍼灸学生の話が載っている。
その強者は、鍼灸学校に通っていた頃、腐敗した焼きそばを自らの意志で食べて食中毒を起こし、裏内庭にお灸をして本当に治るかどうか実験をした。
ひどい下痢と腹痛に苦しみながらも級友に裏内庭に立て続けにお灸を据えてもらい、その数100壮に及んだとき、その部に熱さを感じ、同時に腹部の激痛がスーッと消えた。そして、お腹がポカポカと温まり、いい気分になり空腹を覚えたという。
裏内庭は、食中毒のときに触ってみるとたいてい硬く鈍くなっている。お灸でなくとも、押さえて愉気するだけでも、スーッと気分が良くなってくる。
なお、吐ければ楽になるのに吐くことができないときは、頭を腰より低くして腰部活点(第2腰椎三側)を押さえれば簡単に吐くことができる。
もちろんこれは、体に吐きたい要求があるのに何らかの事情で吐けない場合に有効であるということ。必要もないのに吐こうとしても、この方法は効力を発揮しない。
まさに急処は時を得て急処となり得るのだが、また急処を急処として活かすための技術というものも必要である。
急処とは、体を変える一点であり、ときには生死を分ける一点となることもある。
いざという時は無いに越したことはないが、使わないでよいことを願いつつ、技術だけは日々修練に励まなければならない。