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2012年8月

其の19 「整体10年」 ~ 頚部操法 ~

「整体10年」、という。

整体操法を学んで、その技術がそれなりのものになるのに10年かかる、ということである。

もちろん、漫然と10年やっていれば、いつの間にかできるようになるというわけはない。日々精進し、ときには寝食も忘れ、憑かれたように、身を削るようにして打ち込んで、はじめてその領域にたどり着くのである。

しかし10年精進して、それで一人前かというと、これまたそうではない。

10年前後で、ようやく

“ 掴み方、挙げ方、着手の角度、圧の度合いから、お互いの体の向き合いの方向まで
すべてが深い意味を持ってお互いの身体に影響を及ぼす ”

ことが体を通して理解され、意識しなくても自然と体が  “ 気の抜けないコミュニケーション ” の流れを断ち切らずに動くようになってくる、というところだ。

もちろん整体は一生をかけて追求していくものであるが、十分に経験を積んで自分の操法を創り上げていくには、そこからまた更に10年はかかるであろう。

しかし、10年、20年と懸命に努力すれば誰でもできるようになるかといえば、そうともいえない。
ピアノは習えば誰でも弾けるようになる。しかし、演奏者として立つとすれば、それはまた違ったレベルの難しさがある。ピアノ講師であっても、誰もがなれるわけではない。
それは、どの世界でも同じである。もちろん、整体も例外ではない。自分がモノになるかどうかは、誰も保証してくれないし、誰にも保証できない。ただ、そうなることを念じてやるのみなのである。確証は、いつでも自分の中だけにしかないのだ。 

整体操法の中でも、頚椎の操法は、技術的に難しい部類に入る。上頚・中頚・下頚の操法などは比較的初期から学ぶが、本格的な頚椎の操法は、始めて2年や3年では教えることは難しい。

頚椎というのは、胸椎や腰椎と比べて、段違いにデリケートである。無理な力を加えると、毀しかねない。そして頸椎部の損傷は、重大な障害を引き起こす可能性が高い。

頚は、生命に直結している。体を触るときは本来どこでもそうであるべきだが、特に頚を触るときは、「命に直接手を触れている」 つもりでいなければならない。
そーっと、こわごわ触ればいいかといえば、それでは相手が安心できない。細心の注意を払いつつも、あたかも自分の体を触っているような自由で自然な触れ方でなければならない。

しかし、いかにそのように触ろうと思っても、訓練されていない手では、そのように働いてはくれない。愉気を以て触る、愉気で押さえる、ということが分からないうちは、怖くて頚の操法などは教えられないのだ。

整体操法における頚部の操法は、非常に多彩である。上頚・中頚・下頚は三側の操法だが、もちろん頚椎にも一側、二側の操法もある。
自律神経系の調整に用いる胸鎖乳突筋の操法や、それ以外の側頚部、前頚部の操法もあるし、仰臥位で腹部と後頚部を同時に操作して腹部で頚を正す操法は、晩年の野口晴哉先生が多用されていたと伝え聞いている。
また私はほとんど用いないが、一昔前のカイロプラクティック風に頚をねじって瞬間的に加圧する系統の操法も何種類かある。

仰臥位での前頚部の操法などは、まさに愉気で押さえるということができないと、受け手に不快な思いをさせるだけでなく、苦痛を与えることにもなる。
しかし、熟達すれば、頚の異常に対処できる範囲が格段に拡がる。

頚の観察には、仰臥位と坐位がある。仰臥では頚の力が抜けている状態で頚椎の状況を観て、坐位では頭を支え姿勢を保持している状態、つまり頚に自然な緊張がある状態を観察する。
場合によっては、頚椎またはその椎側に手を触れて、相手に頚を動かしてもらって調べることもある。

頚椎の異常を正すときには、ほとんど坐位でおこなう。頚は仰臥で弛緩している状態よりも、ある程度の緊張がある状態の方が、かえって治しやすい。

二側操法などで頚椎を正すときは、胸椎部、腰椎部の場合のように相手の体が動かない状態で操法するのでは上手くいかない。
受け手に坐位になってもらい、二側なら二側を押さえつつ相手の腰を浮かせ、重心を崩した状態で整圧するのである。どっかと居座られて微動だにしない状態では調整は難しい。
ただ押さえて愉気するだけなら相手を崩さなくてもいいが、相手の重心を浮かせて、こちらが相手の重心を制御するような状況を作り出さないと本格的な頚の操法は効果が上がらない。相手を 「虚」 にし、自分は 「実」 で操法するのである。

基本としては前方へ小さく、またときに大きく受け手の腰が浮くように崩すのだが、上頚操法や上部・中部頚椎の調整などでは、正座した受け手のお尻が本当に持ち上がることもある。しかし、これも力で浮かせようとしても浮くものではない。相手の腰が思わずフッと浮いてしまうような押さえ方をするのである。

力は要らない。重要なのは、呼吸である。ある呼吸というか、「間」 というものがあって、その 「間」 をつかんでしまえば、容易に相手を崩すことができるようになる。

まずは自分の占める位置が重要である。相手に対して近すぎても遠すぎてもいけない。ここ、という絶妙な位置関係、間合いがある。
そして、もちろん着手・手の当て方も大事であるし、圧の方向・整圧の角度などもあるが、なにより相手の重心を感得できなければ難しい。相手の重心を感知するには、まずは自分の重心を下腹にしっかり据えることである。

頚椎は胸椎以下の椎骨のようにしっかりとしていないので、その操作はデリケートにならざるを得ない。そうかといって、そーっと恐る恐る触ったのでは効果は上がらない。
そこで、指で押して正すのではなく、型でもって正すということが求められるのである。

操法する側からすると、相手の重心を奪って制御している状態だが、相手にとっては、体勢が崩れながらも微妙な一点で支えてもらっていることで、ある特殊な 「快」 をともなう安心感がある。
そして体勢は崩れているといっても、支えられている一点を手掛かりに、受け手も微妙な重心のバランスを自らの感覚で取っているのである。そして崩れかけたバランスを無意識に取り直そうとする受け手の動きが、頚椎を正すために実は大きな役割を担っているのだ。
受け手のその絶妙なバランス感覚には、ある種の快感がある。ちょっと大げさにいえば、サーフィンで波に乗れたときのような気持ちよさに近い。

曰く言い難し、というところだが、操法する側が一方的に指で押して治すということではなく、受け手と一体になってお互い協調してある一つの型を取る、といった方が近いかもしれない。

二側の場合、基本は両側を母指で押さえるが、場合によっては片方の手で頬や額などに支えを取って、片側のみで整圧することもある。このときも、もちろん相手の重心を崩して型を取る。
頚は片側だけ押さえるとおかしくしやすいが、逆手との対応を上手く取って型で押さえれば、スパッと効果が上がることも多い。
当然、片側のみの整圧の方が、技術としての難易度は高くなる。

こうした頚椎部の操法など、難易度の高い操法を一つ一つ体に覚えさせていって自由に使いこなせるようになるには、やはり10年前後の年月は必要なのである。
そして、多くの技術を使いこなせるようになったら、今度はそれらをなるべく使わないで治せるように操法を工夫していく。観察が深まり、技術が高まるほど、操法はシンプルになっていくのである。

しかし、一見単純に見えるその操法は、初心者のそれにとは全く別物である。例え使わなくとも、自分のものとして磨き上げた多くの技術が、操法の見えない力となって発揮されるのである。

季よみ通信 ~気法会サイド~

今回の頚部操法の補足を 「白山治療院通信」 にアップしているので、そちらの方もどうぞ。

白山治療院通信

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