其の27 この夏の体 ~ 震災の爪痕
今年の夏も、なかなかに暑かった。気象庁の観測によれば、「記録的猛暑」 だったという。今夏を通して(6~8月)の日本の平均気温は、平年を1・06度上回り、1898年の観測開始以来4番目に高かったという。
8月中旬の平均気温では東日本が平年比で2・4度、西日本でも平年比で2・3度高も高かったそうだ。
高知の四万十では、気温41℃という観測史上最も高い気温を記録。さらに四万十は、全国の観測地点で初めて3日連続の40度超へとなったという。
この暑い夏に、官庁などの関連機関は、水分補給など熱中症に対する注意喚起に躍起になっていた。特にお年寄りなどには、暑いと感じなくても冷房を入れましょう、と指導していた。
それでも、今年初夏以降の熱中症のため医療機関への搬送された人の数は、8月27日時点で5万3739人に昇るという。これは、昨年同期の3万9389人に比べ大幅に増加。記録的な猛暑だった2010年同期の4万6728人を上回るペースだそうだ。
気温40℃以上は、ほとんどの日本人にとって未体験ゾーンである。そこまでではなくとも、気温(室温)が体温に迫るような状態であれば、冷房を使うのが得策だろう。特にコンクリート、アスファルトだらけで緑も土も少ない都市部では、冷房ゼロというのは現実的ではない。
やや大げさにいえば、今や冷房は命を守る必須アイテムとなっている。しかし一方で、冷房を使うからこそ熱中症になりやすくなっている、という現実もある。
人間の体は、四季の移り変わりに対応してメタモルフォーゼ(変態・変身)している。夏であれば、暑さに適応するために体を弛め、なるべく放熱するように体の構造を変化させている。同時に、汗も出やすいようになっており、同じ室温の部屋で運動しても、夏は冬よりも汗がたくさん出る。
本来、夏は汗さえかける体ならば、あまり問題は起こらない。
反対に、冬は引き締まりの季節で、寒さに耐えるため体を引き締めて熱を逃がさないようにしている。引き締まるということは、心身の緊張が高まるということでもある。特に神経系の緊張が高まるのだが、その行き過ぎた引き締まりを適度に弛めることが冬の操法では一つのポイントとなる。
一方夏は、弛みすぎて “ たるんでしまう ” のをどう引き締めるかが操法の肝となる。柳澤先生が推奨する、夏に皮膚をつまんではじく “ パッツン法 ” なども、この弛みすぎを引き締める方法である。
しかしこの夏は、たるむどころか冷房でガチガチに固まった体で来院される人が非常に多かった。訴えをきくと、肩が凝る、肘や膝が痛い、体が固まっているような気がする、朝起きて床に足をつくとアキレス腱が痛い・・・。みな冷房で冷え切った体である。特に夜冷房をかけたまま寝ている人は、体が固まる傾向が強い。
初夏から梅雨、そして梅雨が明けて、体は本来開き弛んでいく。同時に、発汗もしやすくなる。それが夏の体の自然な変化であり、それが暑さに体が慣れるということでもある。
しかし近年、商業施設などでは4月にもなれば、ちょっと暑い日があると冷房が入っている。5月の連休以降は、冷房が入っているのはそう珍しくない。梅雨に入れば、どこでも冷房を使うようになる。そして梅雨が明ければ、多くの人が冷房をつけて就寝するようになる。
これでは、体が夏仕様に変化するいとまがない。そしてメタモルフォーゼは完了しないまま、体は酷暑に突入するのである。文明の利器、“ 冷房 ” というものの存在が、夏を涼しく快適に過ごさせてくれるその一方で、人間の体を暑さに対応できないようにしてしまっている。
私が学生のとき、高校までは学校に冷房設備はなかった。中学生頃から家にはエアコンはあったが、電気代が嵩むので稼働日数はひどく少なかったように記憶している。
私が高校3年生というと昭和60年(1985年)である。この年の7月の東京の気温を見てみると、7月1日にはすでに最高気温32.2℃。その後いったん気温は下がるものの、30℃を超える日は19日もある。8月になると、最高気温が30℃を下回る日は4日しかない。月間の最高気温が33.3℃であるから、ここ数年とは暑さの質は違うだろうが、それでも結構暑い。
例しに8月10日の東京の過去の気温を見てみると、天候にもよるが昔からそれなりに暑かったことが分かる。ちなみに私が生まれた昭和42年(1967年)8月10日の最高気温は34.5℃、最低気温は24.3℃。やはり、結構な暑さである。
それでも昔は窓を開け、扇風機や団扇で暑さをしのいでいた。それでなんとかなっていたのは、住環境の問題などもあるだろうが、一番はやはり体の違いであろう。
現代は、エアコンの普及で汗をかく機会も減ったのだが、汗をかくということそのものに嫌悪感を抱く人も増えた。人前で汗をかくのが恥ずかしいとか、汗びっしょりのオヤジ、もとい中年男性を汚らしいと見るような、発汗に対する意識の変化がとても大きい。
冷房をつけるきっかけも、暑いというだけではなく、汗をかかないようにというのが一つの要因となっているようだ。
現代人は様々な機械や人工物に囲まれて生活している内に、いつの間にか自分たちの体が生き物だということを忘れ、何か機械仕掛けのロボットかアンドロイドであるかのように錯覚し始めているよう思われる。だから、なにやらベタベタしたり、時に匂ったりする汗などというものは、出さずに済めば出さないでおこうとする。
しかし、どれだけ科学が進歩しても、いつまで経っても、どこまで行っても、人間の体は自然そのものである。それを忘れては、健康生活の実現はあり得ない。
冷房の効いて涼しく低湿度の部屋から、いきなり高温多湿の屋外へ・・・。うだるような不快指数100の炎天下から、冷蔵庫のようにキンキンに冷えた電車やバス、コンビニへ・・・。
そんなことをくり返しているうちに、体はどうしていいのかわからずに迷走するか、変化することをあきらめ硬直してしまう。現代風にいえば、自律神経が正常に働かなくなる。
「熱中症に注意して下さい!」 の方ばかりクローズアップされているが、「冷房による冷やしすぎに注意しましょう!」 の方も、もっと広く社会に浸透してくれるとよいのだが、なかなかそうはならない。節電やクールビズなどで少しは変わるかと期待したが、相変わらず必要以上に温度を下げているところが大部分である。おかげで、日本の夏はとてつもなく暑く、かつ寒い。
いくら自分だけ冷やしすぎないように気をつけていても、買い物に出たり、通勤通学で交通機関を利用する度に体が冷えていたのでは、体が固まるのは防ぎきれない。
都市環境、住環境、労働環境などが、自然共生型の、「体にやさしい」 ものになっていってくれることが理想だが、それにはまだまだ長い時間がかかるだろう。取りあえず、自分たちは自分たちのできることをやっていくしかない。
冷房の強く効いているところへいくときには、何か羽織るものや、スカーフなどを用意する。夏は特に、頚・肩・背中の上部を冷やさないように気をつける。それから、肘・手首・足首も冷やしてはいけないポイントである。
冷房を使っている場合は、夏でも湯船にお湯を張って浸かる。時間は短くてもよいので、夏なりにそこそこ熱めの湯に入る。お風呂の中で汗を出そうとせず、風呂上がりにたっぷり出す。少なくとも、風呂上がりに扇風機で風に当たったり、冷房で急激に冷やしたりしてはいけない。
早朝や日が落ちてからなど、ウォーキングなどで汗をかくようにする。その際は、汗をかいたまま冷房の効いたコンビニなどには入らない。急激に汗が冷えると内攻して、せっかくの運動があだになってしまう。運動後は、汗はよく拭いて、シャワーを浴びるなり着替えるなりして、汗が自然に引くまで待つのがよい。
来年の夏は、5月の連休あたりから、運動や入浴などで意識的に汗をかくようにして、梅雨明けまでには、十分汗のかける体を作っておこう。
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さて、体が冷房で冷えて固まっているということの他にもう一つ、この夏にある特徴的な体の変化があった。それは、第7胸椎の硬直である。
この第7胸椎の硬直について、柳澤先生が、「季よみあと帖」 で触れている。
胸椎7番の消えない違和感の問題は
この数年、否具体的にはこの2年
ずっと、まるでくさびを打たれたかのような
重要なポイントとしてある、、。
環境の影響を受け、また察知する
このポイントにくさびを打ったのは
果たして何であろう、、、
7番の異常は、漠たる不安を将来に感じ
未来をビクつく傾向をもたらす、、、
第7胸椎の異常は震災後から常にあり、潜在化、顕在化を繰り返しながら今日まで続いている。その第7胸椎の異常が、この夏急に顕在化する人が増えてきた。少なくとも私が操法において体を観る中で、第7胸椎は急処として強くクローズアップされてきていた。
(季よみあと帖 《※ 現・季読み帖》 は、柳澤先生の季よみ通信のいわゆる後記である。実は私は、季よみ本編よりこちらの方が楽しみだったりする・・・)
2011年の夏、つまり震災後初めての夏に、皮膚の異常が多発した。皮膚は神経系とのつながりが深く、過剰な精神的緊張から皮膚に炎症などが出る人が多かったのだ。
また皮膚は巨大な排泄装置であるので、神経の過緊張から出る体内の毒素を排出しているということもある。そして、原発事故によって拡散した放射性物質を取り込んでしまった体が、それらを汗から、また皮膚から直接排泄したということもあっただろう。
その皮膚の異常を通して体は必要な排泄をおこない、同時に神経系のバランスを取り直しているのだが、第7胸椎は心理的なことと深く絡むと同時に免疫系の中枢でもある。その夏の一種のアレルギー的な皮膚の過敏現象には、やはり第7胸椎は確実に絡んでいたのだ。
そして、この夏も第7胸椎の変動をともなう皮膚の過敏現象が多発していた。皮膚からの排泄には、汗をかける季節が有利である。夏に変動が起こるのも、体の回復欲求からして不思議ではない。
しかし、それにしても、というくらい、この夏急に第7胸椎が操法の焦点として浮かび上がった。なぜ、まるで揺り返しのように、多くの人に第7胸椎に異常が現れたのか?
その、なぜ、の答えは一つではないだろう。しかし、その答えの一つに、先日唐突に突き当たった。そして、それはたいそう意外なものだった。
ある方の第7胸椎を触っていたとき、何かコツンと頭の中に当たるものがあった。コツンと当たった何かは、頭の中に当たったのだが、それは外からやってきたような感じだった。
ああ、もしかして・・・!?
早速、その方に訊ねてみた。
「最近、必ず見ているテレビ番組などはありますか?」
その答えは、やはり予想したとおりのものだった。
「 あります。 『あまちゃん』 です」
やっぱり・・・。
『 あまちゃん 』 とは、岩手県久慈市がモデルの架空の町、北三陸市と東京を舞台にした現在放送中のNHKの連続テレビ小説である。主人公は、東京生まれ東京育ちの女子高校生の天野アキ。ひょんなことから母の故郷北三陸で海女になることに・・・。
このNHK朝の連ドラ 『あまちゃん』 は、高視聴率もさることながら、各種メディアにも取り上げられ、もはや社会現象とまでいわれているほどの人気ドラマだ。
さて、その人気ドラマだが、くわしい あらずじ は省くが、物語のスタートは2008年の夏。舞台は北三陸。当然だが、物語が進むにつれ、いつかは震災の日がやってくる。
東京に出ている主人公アキの祖母や友人、海女の仲間達はどうなってしまうのか?ドラマだとはわかっていても、ある意味完全なフィクションではない。なにしろドラマの中で、現実に起こった震災が刻一刻と迫っているのである。登場人物に感情移入するほど、迫り来る震災の日に対する不安や恐怖を追体験していることになる。
その後、第7胸椎に顕著な反応がある方に、「最近見ているTV番組は・・・」 と訊ねてみると、やはりその多くが 『あまちゃん』 を見ていた。
それで、第7胸椎に反応が出ている人に、大学生や主婦層が多かったのもうなずける。それらの方々は、朝の連ドラ(昼・夜にも再放送はある)を見る時間的余裕のある人達だったのだ。
『あまちゃん』 に限らず、今年の夏はゲリラ豪雨や竜巻などの自然災害が多かった。そのニュース映像などを見て、2年前の震災を思い出したり、被災地に思いを馳せた人も多かっただろう。
また、連日汚染水問題が報道されており、未だなんの解決の糸口も見いだせずにいる福島第一原発に対する不安もあるだろう。
どちらにしても、震災の傷跡は、未だ私達の心と体に深く刻まれている。そして心身は、ちょっとしたきっかけがあれば、すぐに揺り返しが来るような不安定な状態にある。その具体的な体の表現の一つが、第7胸椎の硬直なのである。
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今回の後半部分は、次回(其の29) への前振りであるのだが、(もしかすると)柳澤先生が関連する内容の記事を書いてくれる(かもしれない)ことに、ちょっぴり期待したい。