2009.12.31

新規の予約受付再開

予約状況に若干の余裕が出てきましたので

新規の方の予約受付を再開いたします。

ただし、1日1人 ・ 1ヶ月に10人までとさせていただきます。

(現在通われている方の定期的な予約の確保を
           
優先させていただいています。)

 

                   ※ この記事は常に一番上に表示されます


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2009.11.06

冷えたら朝風呂に・・・

このところ急に寒くなってきたので、冷えの影響を受けて体調を崩している人が多い。
寒さの度合いとしては、真冬の方が断然寒いのだが、真冬になると体も冬用になり寒さに強くなるので、かえって今ぐらいの時期の方が冷えて具合の悪くなる人は多い。

今の季節は、多くは寝ているうちに冷えてしまう。つまり、寝冷えである。
そういうと、
「特に寝冷えをしている感じはありません」
という人が多いが、実は感覚的によくわかっていないだけで、実際は寝ている間に体は冷えていることがある。
試しに朝起きたらすぐに風呂に入ってみると、体が冷たくなっているのがよくわかる。真冬に寒い外から帰ってきて、すぐに風呂に入ったときのような、独特の感じがあると思う。

ちなみに、朝風呂は寝冷えにとても効く。熱めの風呂にサッと入るのがコツだ。
朝風呂に入ることに抵抗がある方は、膝湯でもいい。お風呂を熱く沸かして、7分ぐらいを目途に膝ぐらいまで温める。
足湯・膝湯は、ふだんの入浴温度よりも熱くないと効かない。

頭痛・鼻づまり・のどが痛いなど、首から上に症状があるときは足湯がよく、お腹が痛い・下痢・ガスが溜まるなど、お腹の症状には膝湯がよい。
寝冷えの解消には、膝湯がお奨めである。

元々整体では、くるぶしまで温めるのを足湯(そくとう)、膝ぐらいまで暖めるのを脚湯(きゃくとう)というが、
「脚湯って、足首まででしたっけ?」
のような人が結構いたので、混乱を避けるため当院では足湯(あしゆ)・膝湯(ひざゆ)とした。

それから、ふだん手足が冷えるという人は、厚手の靴下などもよいのだが、体幹部を暖かく保つというのも一つの方法である。
人間の体は、内臓や脳などを優先する傾向があるので、体が冷えてくると脳や内臓を守るために手足など末端の血行を犠牲にして、血液を体幹に引き上げてしまうのである。そのせいで、手足が余計に冷えるということがある。
手足が冷えるときは、Tシャツを一枚下に着るとか、ベストを着るとかして、胴体を暖かくするとよい。
外出時などは、首も温かくする。マフラーでもよいし、最近流行りだしたネックウォーマーなどでもよい。

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2009.11.04

正体術 その2

さて、素晴らしい眠りと明日の活力を与えてくれる正体術であるが、当然ながら誰がやっても同じように効果が出るとは限らない。前回も書いたが、簡単に見える正体術でも、勘所というものがある。上手に行えるようになるには、ある程度の感性と試行錯誤が要るかと思う。
と言っても、それなりにやっても十分効果はあるので、難しく考えすぎなくてもいい。逆に言えば、工夫をすれば正体術にはかなりの奥行きがあるということだ。完成度の高い正体術を行えるほど、当然効果も高くなる。

しかし、実はこの正体術、やり方の上手・下手以前にクリアしなければならない問題がある。それは、体の大きな歪みである。
「正体術矯正法」(高橋迪雄著)にも、
「今仮にここには全身の骨格に不正がなく、いわゆる正体の人として、その一日の労苦による全身の骨格の矯正法をかいてみましょう。・・・」
とあるが、正体術はある程度体の整った人用の健康体操なのである。

正体術は、体の隅々にまで力を十分に行きわたらせ、その力の入りきった頂点で急速に脱力することで体を一度に整えてしまう方法である。しかし、体に大きな歪みがある人は、全身に力を入れようとしても上手く力の入らないところができてしまうのだ。それゆえ、体に歪みがあると正体術が本来の効果を発揮しなくなってしまう。
また、正体術の要求する体の形を取ること自体が、体に大きな歪みや強い硬直などがあると難しい。

そこで往年の高橋氏は、骨格の歪みを正す矯正法用いて正体術が効果を上げうる体、いわゆる正体に整えてから正体術を指導していたようだ。
高橋氏の矯正法は、若干の他動的な手技もあるが、ほとんどは自分で動かしたり力の入れ抜きを行う自動的な矯正体操法である。
もしかすると、元々は病気治しの術として矯正法を工夫していって、その原理を全身に応用したものが正体術として完成されたのかもしれない。そのあたりの詳しいことはよくわからないが、どちらにしても正体術以上に、この矯正法の効果に衆目は集まったようだ。

そして、それ以来(高橋先生が活躍されたのは、大正から昭和初期)、「正体術矯正法」 は、多くの治療家、健康指導者の研究対象となるのだが、高橋氏の技術体系が組織立って継承されることがなく、残されているのは書物だけであるので、その復興はなかなか難しかった。
正体術矯正法は、おそらく高橋先生の名人芸的な技術であったのだろうと思われる。特に、歪みを正す体操(操法)そのものよりも、体の観方の方が名人芸的で、弟子に伝えることが難しかったのかもしれない。そのため、直接に教えを受けても、なかなか技術を継承する人が育たなかったのだろう。

しかし、その後も正体術矯正法そのものとしてではなく、形を変えながら高橋氏の遺産は次代に受け継がれている。 (高橋氏の「正体術」を、正統に継承されている方はいらっしゃるかもしれないが、私は寡聞にして知らない)

整体法の創始者野口晴哉氏は、整体体操や矯体操法(骨格矯正)に正体術を応用した。整体体操の2種体操は、正体術によく似ている。6種体操は、正体術矯正法の前後矯正に近い。
体操に呼吸の間隙(息を吸いきって吐く直前と、吐ききって吸う直前)を利用して効果を高めたところが、野口先生の白眉たるところであろうか。(ただし、使い方を間違えると体を壊すリスクも高いので注意が必要)
また矯正体操を、この呼吸の間隙を用いて他動的な骨格矯正法に仕上げてしまったのは、まさに野口氏の天才的なところである。

また、操体法も正体術矯正法から、橋本敬三氏によって編み出されたものである。橋本氏は高橋氏のお弟子さんから正体術を学んだと聞く。
操体法は、高橋氏の正体術矯正法が体の歪みを正す方向に矯正姿勢を取るのに対し、体の動きやすい方、動かして気持ちのよい方へと動かしていって脱力する方法を取っている。一見正体術とは正反対の方法に見えるが、人間の体には、快のある方向に動かしていくことで (それが一見歪みを助長する方向でも)、バランスを取り直す力が備わっているのだ。まさしく、逆もまた真なりである。
骨格の矯正力としては、断然正体術に分があるが、操体法には筋肉操縦法としての面白みや、万人向けの使いやすさなど、正体術にない魅力がたくさんある。

続く・・・

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2009.11.01

正体術 その1

正体術というのは、一種の健康法である。どういう健康法かというと、一日の活動で疲れがたまったり、いろいろに歪んだりしているの体を、「正体術」という一種の脱力体操で、一気にリセットしてしまうものである。
体の疲労や歪みを解消することで、ぐっすりと深く眠ることができる。ぐっする眠れると、体は元気になる。
疲れているとよく眠れるということはある。しかし、ぐっすり眠るには、体が弛むということが必要である。体の中に力が抜けないところ、眠っても弛まない筋肉の硬直があると熟睡することは難しい。
正体術を行うと、偏ってたまった疲労部位、つまり凝り固まって力の抜けなくなってしまった筋肉が適度に弛んで全身の筋肉のバランスが調えられる。

正体術の原理は、とてもわかりやすい。ギューッと力を入れて、パッと力を抜いて、ドサリと重みで落ちて、グニャリと筋肉が弛む。
無意識の筋肉の緊張は、弛めようとしても、自分で意識的に弛めることが難しい。たとえば肩こりなどは、自分では肩に力を入れているつもりはないのに、力が入りっぱなしになっている状態である。そういうときは、肩の筋肉にギューっと力を入れて、ストンと力を抜くと肩のこわばりが弛む。つまり、力が入ったまま、にっちもさっちもいかなくなっている筋肉が、逆に更に力を入れることで膠着状態が破れて力が抜けるのだ。
正体術は、それを全身に作用するように行うのである。

高橋迪雄氏が残した「正体術矯正法」の現代訳である「正体術健康法」(たにぐち書店)から、正体術のやり方を抜粋してみよう。

「今仮にここには全身の骨格に不正がなく、いわゆる正体の人として、その一日の労苦による全身の骨格の矯正法をかいてみましょう。というのは、いかに仕立ての立派な洋服でも、一日着て帰れば方々に皺が寄ったり、折れ目が乱れたりするもので、寝がけにこれをきちんとたたんで火のしをかける必要が生ずるのと等しく、どんな立派な申し分ない人でも、一日の終わりには正体術で全身の骨組みを矯正してから眠る必要があるわけです。

そこでまず正しく仰向けに寝たら、今度は頸と坐骨すなわち腰のところで身体を支えて、背中をぐっとそらし、やや上半身を反り橋のような形にして、背中を畳や蒲団などから離してしまうのです。こうすれば勢い胸が張ってきますから、肋骨整正の準備に、ここで肩甲骨(貝殻骨)を背中の真ん中で左右くっついてしまうようにするのです。
そして、手は真っ直ぐに両側につけてのばし、手のひらが上を向くようにします。
同時に足も真っ直ぐに伸ばしますと、腿の下も膝の下もぴったり下について膝が反るために、自然にかかとのところが畳から少し持ち上がるようになります。
こうして5、6秒、兎の毛ほども動かさずにじっとしていると、元より何の苦痛もありませんが、そのうちだんだん全身に力が満ちてきて、ほとんど強直状態に入った形になります。やがて疲れを覚えたら、今度は急に全身の力を抜いて、一時にからだ中グニャグニャにし、自然の重みでドサリを落とすのです。
誰しも思わずこのとき、深呼吸をせずにはおられませんが、その深呼吸が普通の呼吸になるまでじっとしています」
(「正体術健康法」 高橋迪雄著)

さて、「今ここに全身の骨格に不正のなく、・・・」 とあるが、つまりは元々体に歪みのない人でも、一日体を使うといろいろに歪んでくるということだ。そこで、その日の歪み、その日の疲れは、その日のうちに解消しておこうというのが正体術の主旨である。
整体でも、眠りが自然に体を回復させ、整えてくれることを重要視しており、操法の組立も、その場で何でも整えてしまおうとせず、その日、次の日に眠ることを計算に入れて操法を行う。
ともあれ、正体術で体をよい状態に整えてから眠ることで、十分に疲労も回復し、明日への活力が湧いてくるのである。

私は、自分の体を整える方法として活元運動、整体体操なども実践しているが、最近のお気に入りは正体術である。
正体術の面白いところは、昨日と今日、今日と明日の連続性が高度に保たれるところだと思う。
どういうことかというと、たとえば昨日は集中力が高まって心身が良い状態にあったのが、一晩眠って今日になったら、なんだかぼんやりとしてちっとも頭が冴えない、などということがある。昨日の良い状態が今日に引き継げない。
しかし、眠る前に正体術を行っておくと、昨日の集中力やテンションを睡眠中に損なうことがなく、今日に引き継げるのだ。
武術や芸事の練習などで良い感覚をつかんだと思ったのが、一晩眠ったら同じ感覚で動きが再現できなくなっているというようなことがあるが、正体術を行っておくと、そういう不連続性を回避できるパーセンテージがとても高くなる。
本来眠りには、獲得した記憶や技術(体の記憶)を安定させてくれる力がある。正体術を行って訪れる快適な眠りには、その眠りの本来の力が宿っている。
もちろん、眠りをはさんだ「連続性」といっても、心身の疲れなどのマイナス面の連続性は絶たれているのであるから、目覚めは快適であり、新しい一日のスタートとしての清々しさはいうに及ばない。
ただし、動作は単純なようでも正体術にも上手、下手がある。下手なうちは、なかなかここに書いたような目覚めではないかもしれない。けれど、誰でも毎日やっていくうちに、だんだんとコツがつかめてくると思う。

ちなみに、本当の深い眠りは以外と「眠った感」が少ないものだ。「あれ、今目をつぶったと思ったのに」 というぐらい気がついたら朝になっているような眠りが質の良い眠りである。「あー、今日はよくねむったな」 などというのは、以外と眠りが浅いのだから面白い。(こういうことは、体をみるとよく分かる)

この本の中には、正体術のもう少し詳しいやり方が書いてある部分がある。治療家の方、健康指導者の方々は、もし興味をもたれたら是非ご一読されることをおすすめする。この本は、かなり難解な部分も多いが、重心論(重心の左右偏り)など、興味深い内容が満載である。

一般の方は、下記の正体術倶楽部主宰の神崎先生のブログを参考にしてみるとイメージがつかみやすいかと思う。
正体術健康法ブログ「これが正体術です」

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2009.10.23

永松卯造氏と指圧基本型制定

以前にこのブログで整体操法制定委員会について書いたことあるが、その制定委員に名を連ねている方で永松卯造という人がいる。永松氏は当時腹部の操法で有名だった療術家で、整体法の腹部第5調律点、別名 「痢症活点」 は、氏の治療技術から採用されている。
永松氏の手技は、なかなかに素晴らしいものだったそうで、戦中だったか戦後だったか、整体法の創始者・野口晴哉氏が振る舞い酒のメチルアルコールで胃に孔を開けてしまったときに、永松氏を呼んで操法をしてもらった、などという話を聞いたことがある。(又聞きの又聞きの又・・・)
痢症活点は、右の季肋部の下縁であるが、永松氏がここを押さえると、氏のそろえた四指(第2~5指)が根元まで肋骨の裏に入ったという。

さて、この永松氏、整体操法の基本型の制定に貢献した方であるが、意外なことに厚生省医務局編纂の指圧教本の指圧基本型制定委員でもあったそうだ。
この指圧の基本型は、昭和32年に制定されたらしい。整体操法制定のおよそ15年後である。
この頃の永松氏は、立場的には整体を離れ指圧に合流していたのだろう。

指圧・整体の学究団体である「日本指圧師会」 の会報に、創立当時の会報から厚生省医事課編 別冊 「指圧の理論と実技」を完成させた理事の方々の座談会の模様が掲載された。(第465~467号)
日指会の許可を得て、永松氏の発言にスポットを当てて、部分的に転載させていただく。

基本型の制定

会長:
「皆さん御苦労様です。・・・まず始めに何故基本形の制定が今迄業界の難事業とされていたのでしょうか・・・」
S:
「それは正式の教育機関がなかったからでしょうね」
永松
「又一つには各流派があって互いに其の特技に立て籠もって譲り合う気持ちがなかったからでしょう」
・・・中略・・・
U:
「お互いに譲り合う可きは潔く譲った、自説自技にとらはれず、大所高所に立って検討審議したことは指圧史上特筆す可き会議だったと言えよう」
・・・後略・・・

施術時間

会長:
「そこで皆さんが現在患者に実際上施術しておられる時間はどれ位要しておりますか皆さん順に」
S:
「私は四十分位ですみます」
N:
「私は四十五分が標準です」
永松
「私はまあ三十分ですね」
I:
「私は二時間から三時間位です。患者さんの症状によって異がうが」
・・・後略・・・

施術の順序・主は背か腹か

会長:
「指圧は其の施術の順序は、手の運ぶ都合が主なのか、治療効果を主として考えて定めたのか」
I:
「手の運びに都合のよい順序になっております」
・・・中略・・・
永松
「私は腹が一番肝腎と思うので腹からかかります」
・・・中略・・・
会長:
「自然界に於いて男女の体質が根本的に相違があるとすると、治療の場合でも男女によって治療を帰る必要はありませんか」
永松
「中気の半身不随症状の重症も男女によって現はれ方が異なる、男は右へきたのが重く左が軽い、女は左が重く・右が軽いように思える」
・・・中略・・・
会長:
「私はカイロの先生には叱られるかも知らないが腹を主として診ている、然し脊柱を無視するのではない、必要とあれば診るが、指圧では腹ばかりでは効果の無い場合が随分あるようですね」
A:
「あります。指圧は腹背表裏一体の治療で独特の効果が上がる」
永松
「私は脊椎矯正は行はず腹一筋の治療だが、この腹も只病気ということを考えず、姿勢と健康と云うことでみても私の経験からすると、子供のうち足を抱いて丸くなって寝るような者は青年期になって大病をするようだ。
又左側を下にして寝る子は胃、右側をし下にして寝る子は肝臓が悪いようです。吾々はこうしたことにも注意してみることが必要です」
・・・後略・・・

この座談会での発言からも、永松氏が主に腹部を調整することで体を整えることを実現されていたことが推測される。治療時間の短いところも、技術の高さを表しているかと思う。
整体も指圧も、その始まりのときには、さまざまな治療技術を持つ人々が集まって基本となるスタイルをつくったのだ。
しかし、おそらく永松氏はここで制定した基本型に則って治療をすることは無かったであろう。それは、他の制定委員に関しても同様であると思われる。
指圧の基本型の制定に関わっても、その後も皆元来自分の工夫で行っていた流儀で治療し続けていったであろう。
このとき定められた基本型に沿って治療を行っていくのは、これより後に、「指圧教育」を受けた人達である。

私も、鍼灸指圧マッサージの資格を取ったので、鍼灸学校でまさに厚生省が認める指圧の基本的なスタイルを勉強したことがあるが、治療技術と呼ぶにはいささかお粗末である。それも当然のことで、学校で習う基本型は、言わば全身の押し方の一例といったところであり、素人がとりあえず人の体を触れるようにする手引きのようなものなのである。
そこから技術を高めていくには、当然ながら各自の修行と研究が必要である。

さて、整体操法をまとめ上げた野口晴哉氏は、多くの療術家の奥の手とも言える治療技術を自家薬籠中の物にしてしまった天才である。野中操法でも、始めから恥骨の硬結を本当の意味で捉えることができたのは野口氏だけであったという。
そして、それらの高度な身体調整の技術を一つの体系に溶かし込んだ整体操法を、広く世の中に広めるという道を取らず少数精鋭で伝えていったことで、技術の質を落とすことを最大限防げたのではないかと思う。
もちろん、整体でも型を習得することは、修行の第一歩である。しかし、形だけまねても整体操法とはならない。やはり師伝による教授と、各自の努力が必要である。外形は似たような形を取れても、そこに動く本質的なものを自得しなければ、操法の効果は上がらない。その本質的な部分は、教われば分かるというものでもないし、そもそも教える側も曰く言いがたいものなのだ。


ちなみに、今回記事の転載をご快諾していただいた日本指圧師会は、精力的に指圧や整体の研究・教育を行っている団体である。治療技術としての指圧を志している方は、一度HPをご覧になってみるとよいと思う。
また、指圧・整体・療術の歴史に関する貴重な資料も掲載されているので、興味のある方にはお薦めである。
日本指圧師会に見る指圧の歴史

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2009.10.12

体の乾き

今年は秋口は、例年より体が乾き出すのが遅いかと思っていたのも束の間、先日の台風一過、急に体が乾き出してきた。
気温も下がり始め、寝冷えでいろいろな症状を呈する人も増えてきたが、体が乾くこともまた体調不良を引き起こす要因である。

人間は、体が乾いてくるということに対しては感覚的に鈍いようだ。暑いときの水分不足はまだ感じるのだが、涼しくなって、また寒くなってからの体の渇きにはとんと鈍い。鈍いのだが、影響の方はしっかり体に現れる。

例えば、
胃が荒れる、節々が痛い、皮膚がかゆい、目が乾く、空咳が出る、体がむくむ、小便が近くなるなどなど。
秋から初冬の胃の痛みや、布団に入ると咳が出るなどの症状は、水分を上手に摂ると、それだけで良くなってしまう場合が結構ある。

体が整体になってくると、渇きにも敏感になってくるが、まずは知識として「秋から冬は体が乾く」ということを知って、水分補給に気をつけるのがいいだろう。
潤っている状態が分からなければ、乾いている状態も分かりにくいのだから、ともかく水を飲んでみることから始めて欲しい。潤ってくると、体が乾いている状態の不快な感じが分かってくる。

水分と言っても、お茶や紅茶などは、体が潤わない。利尿作用が強いからであると思われるが、ともかく体を素通りしてしまう。コーヒーは、かえって体の渇きを助長する。
お酒はもっと乾く。お酒を飲む人は、よほど気をつけて乾き対策をしないとドンドン体が干からびて、老けていってしまう。お酒を飲むときは、一緒に水を飲むといい。

水分補給には、なんと言っても「水」がいい。
いっぺんのゴクゴクのむと、小水になって出てしまう分が増えるので、少量ずつ飲む。
少しずつ飲んで、回数で量をかせぐのがよい。
湯冷ましは、酸素も抜けてしまった死んだ水だからダメ。
スポーツ飲料のようなものは、多少の有効成分(イオン)と大量の糖分を秤にかけると、あまりお勧めできない。

秋口から初冬ぐらいまでは、スープや味噌汁、蕎麦、うどん、雑炊など、塩気のある温かい水分も吸収がよい。
そういうものを、食事の中に多くしていきながら、足りない分は水を飲むというのがいいだろう。
暖房器具を使い始めると急速に体が乾くので、スープだけでは到底足りなくなる。水を飲まなければいけない。

ちなみに、風呂に入りながら水を飲むのは、水分の吸収がよい。風呂上りも、それなりにいい。

同じようなことが書いてあるが、ここに書いたこと以外の情報もあるので、よろしければこちらもどうぞ。→ 若さを保つ乾燥対策

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2009.09.25

正体術矯正法 野口整体の源流を求めて

去る9月20日の日曜日に、正体術倶楽部を主宰されている神崎崇嘉先生のセミナー 「上級編」に参加させていただいた。

「正体術」 とは、大正から昭和の初期に正体術普及協会を通して活躍された故高橋迪雄先生が創始された健康法 ・ 身体矯正術である。橋本敬三氏の「操体法」 は、この正体術を基にして作られたとされている。

その神崎先生のセミナーであるが、さすがに「上級編」 というだけあって、その内容は非常に豊富であり多岐にわたり、かつ高度であった。
セミナーは午後1時から5時までの4時間であったが、内容から言えば月に2回で1年ぐらいかけて連続講座で行ってもいいような中身である。それほど濃密なセミナーであった。それだけに、受け手側の知識や能力も問われる講習であったとも言える。

上級編も素晴らしい内容であったが、実は午前中に時間を取っていただいて、先生のご厚意で私を含めた3名に 「指導者養成講座」 ともいえる内容の特別講義をしていただいたのだ。
そこでは、神崎「正体術」の粋を集めた究極ともいえる身体矯正術を教えていただくことができた。
「正体術」の創始者である高橋先生の矯正術。それを元に動診によって体操設計ができるように進化させたM先生の矯正術。それらを下敷きにした上で、更に進化・発展させた神崎先生の正体術矯正法。その「神崎正体術」の現段階での最高レベルの身体矯正設計法である。

さて、その矯正術の設計法は骨盤の歪みを調べるところから着手するのだが、体の歪みを検出する方法、その歪みを矯正する姿勢を作っていく方法が実にシンプルである。ここまでシンプルで効果が上がるのかと首をかしげたくなるようなシンプルさである。(失礼!)
しかし、その方法で矯正姿勢を作っていくとなんとも理想的な矯正姿勢が出来上がるのである。そして、その矯正姿勢がなんとも美しいのが不思議であった。
本来、正しいものは美しいし、美しいものは正しい。本当に自然の理に適っていれば、そこには必ず美しさがあるものである。それを考えれば、美しいのは不思議でもなんでもなく、その矯正姿勢の美しさにこそ、神崎先生の矯正設計法の完成度の高さが表れているということなのであろう。
それにしても、高橋先生 ・ M先生の矯正法の複雑で難解な矯正術の設計法から、よくもここまでシンプルな原理を見出されたものだと驚嘆を禁じえなかった。
蛇足ではあるが、もちろん、その効果も素晴らしいものであった。

実は、正体術は形を変えて野口整体の中に取り入れられている。正体術は、「整体体操」 の原型でもあり、「矯体操法(骨格矯正)」 にも応用されている。正体術は、整体の源流の大きな流れの一つである。

整体法には、それ以前の時代の日本の療術のさまざまな流れが集まっている。それを単なる寄せ集めに堕することなく、整体操法として昇華 ・ 結実させたのは、野口晴哉氏の天才たる所以であろう。

私は、これまでずっと整体一本でやってきたのだが、今年に入って整体法の源流をたどる旅に出ている。
(もちろん本当に旅に出ているわけではなく比喩である )
神崎先生の「正体術」もそうであるが、「野中操法」という幻の操法を継承されている川島先生という方にも、野中操法をご教授いただいている。
野中操法も、やはり整体操法の源流の一つである。腹部の操法や手足の調律点の中には、野中操法から取り入れられたと思われるものがいくつもある。
そもそも神崎先生との出会いも、野中操法研究会でのことであった。

整体の技術の源流を知ることで、整体操法自体のより深い部分を会得することができるように思う。また、体の見方にも新しい発見があり、自然と操法に広がりが出てくる。
今後も、整体法の源流を尋ねていくことで、新しい発見があることを楽しみにしている。

野中操法研究会では、向学心と探究心に溢れる治療家の方々、これから治療家を目指している方々が集まっている。そもそも在野の治療家は一匹狼的な人間が多く、横のつながりはあまりないのだが、研究会ではともに技術を磨こうという仲間が楽しくまた熱心に研鑽を積んでいる。研究会は、治療家・療術家の梁山泊の様な所である。さしずめ川島先生は、療術梁山泊の頭目である。

川島先生もまた、本当に熱い心と高い志をもたれている素晴らしい先生である。
神崎先生と川島先生という、ともに幻の操法を現代に甦らせた二人の 「時の人」 の邂逅が、今後どういう「風」を療術界に巻き起こしてゆくのか、とても楽しみである。

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2009.08.21

足に合わない靴は履かない!

ここ数日、合わない靴を履いて足が痛くなったり、腰が痛くなったりという人が何人か続いた。

合わない靴を無理して履いていると、体のあちらこちらに悪影響がある。
靴が当たると皮がむけたりマメができたりするが、それ以外にも足首や膝、股関節などが痛くなることもある。また、脚の関節や筋肉だけでなく、その影響は骨盤や腰椎、そして頚椎にまで及ぶことも珍しくない。

靴のどこかが当たっていたり、窮屈なところがあったりすると、脚に変な力が入る。(もちろん足だけでなく影響は全身に及んでいる) そのまま歩いていると、無理のかかるところが硬直してくるのだろう。
それが、その人の元々持っていた体の歪みを助長することもあるし、新たなゆがみを作ってしまうこともある。
そして、合わない靴を履いておかしくしたところは、その影響が長引きやすく、なかなか治りにくい。

足に合う靴を探すのはなかなか骨が折れる。高価な靴ならいいかというとそういうわけでもないし、オーダーメイドの靴でも合わないことも結構ある。
革靴やハイヒール、サンダルなどはもちろんだが、スニーカーでも合う合わないがある。
靴屋さんで履いたときは良いと感じたものでも、外を歩いてみるとやっぱり合わないということもしばしばだ。
私も靴には気を使うほうで、気に入った靴(履きやすい靴)を見つけると、後日スペアを買いに行くこともある。
良い靴に当たったら、同じ靴を2足、3足買っておくのも一つの手である。
そして、しまっておくのではなく、交互にもしくはローテーションさせて履く。そうすると靴も長持ちするし、梅雨時や夏場などにも雑菌が繁殖しにくいという利点もある。

とにもかくにも、合わない靴は履かないことである。
たとえ高価な靴だったとしても、もったいないなどと言って履き続けてはいけない。それで掛け替えのない体を壊してしまっては何にもならない。
合わなかった靴がどうしても諦められなかったら、仕方がないので、玄関の隅にさりげなく飾っておこう。

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2009.07.21

断食

最近、私の周りでなぜか断食の話題がよく持ち上がる。

断食は、飽食の現代人にはとても有効な体質改善法であり、病気によっては強力な治療法ともなる。
が、しかし、実際に断食をするのは結構難しい。
それは、断食を完遂する意志力のことではなく、断食がかえって体を壊す危険とつねに隣りあわせであるということだ。

特に、断食では、徐々に食を戻していくところが難しく、ここで失敗すると、かえって体を悪くすることがある。
始めは、しっかりとした指導者の下で行うことが基本だが、そこのやり方が自分に合うかどうかという問題もあって、なかなか難しい。

そこで私はというと、大体年に1回~2回は、数日間の絶食をしている。

と言っても、計画的に行っているのではなく、大風邪を引いて食欲がなくなるというだけのことなのだが、これが結果的に良い断食になっている。

高い熱が出るような本格的な風邪のときには、食欲が落ちることが多い。
このときに無理に食べるのは良くない。風邪のときは内臓も風邪を引いているのだから、内臓も一緒に休ませてあげることが必要だ。
動物でも病気や大きな怪我をしたときは食べなくなるが、人間も食べないでいる方が、風邪の経過がスムーズになる。逆に栄養価の高いものを食べると、風邪は長引く。
昔は栄養事情が悪かったので、風邪を引くと栄養のあるものを食べさせようとしたのだろうが、現代人はほとんどが栄養過剰だから、風邪のときくらい食べなくてちょうど良いのだ。

名づけて 「風邪断食法」、この方法の良いところは、そもそも食欲がないのだから、食べないことが苦痛でない。
更に、風邪の経過も良好にする。
また、断食は本来一人ひとりの体の状況に応じて個人的に計画を立て、さらに体の変化に応じてどんどんスケジュールを変えていかなくてはならない。
それをしっかり指導できるだけの人間の体を見る力のある人はなかなかいない。
本来断食は、みんなと一緒に、計画表通りにやるものではないのだ。
しかし、風邪のときは、自然に食欲が落ちて、体の回復にあわせて食欲が戻っていくので、割合自分の体に合った形で進めやすい。(というより、勝手に進んでいくのだが…)
「こんなに何日も食べなくて平気だろうか?」、などと不安になって、食べたくもないのに何かをお腹に突っ込んだりしなければ大丈夫だ。
 
当然、重湯、お粥など、体に負担でないものを少量ずつとり始め、徐々に質量ともにふだんの食事に近づけていくのだが、基本的には食欲の戻りにあわせていけばよい。
このときは、体と相談しながら、焦らずゆっくり戻していくことが大切。物足りないくらいがちょうど良い。

日頃食べ過ぎてしまう人も、ここで自分の体に向き合い、からだの要求を知ることで、自分の適量も分かってくる。
余分に食べていたおやつやお菓子、コーヒーなどの嗜好品も、風邪のあとは欲しくなくなることがある。
そうなったら、体の要求にしたがって食べないよう、飲まないようにする。お酒も同様。
風邪の後は、体の感覚がリフレッシュして敏感になるので、食べたいもの食べない方が良いものが自然に分かるようになるし、適量もよくわかる。この感覚を鈍らせないように生活していくことができたら、風邪が活かせたということだ。

操法をする立場の人間にとっても、風邪を引くことは好ましい。風邪を引いたあとは、手の感覚が鋭敏になる。
風邪のときは、自然と絶食にもなっているので、なおさら感覚は研ぎ澄まされる。
ボクサーなども、減量が進むほどに感覚は研ぎ澄まされていくという。
そもそも、野生では感覚が鈍ったら生き抜いていけないのだ。
それに比べると人間は、体が重くなるほど食べ過ぎていて、それが元で病気になったり、あえて断食が必要になっていたりするのだから、本当に良いご身分なのである。

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2009.06.29

注文の多い治療院?

当院のHPに、予約のお電話をおかけいただく前に必ずお読みくださいとお願いしている、「治療についての注意と予約について」(治療を希望される方へのお願い)というページがある。ここには、予約のシステムや、操法を受けるにあたっての注意事項、ご用意いただく着替えなどについて、あれこれ書いてある。
また、初めて来院された際には、ほぼ同様の内容が書かれているものを、操法についての説明の冊子とともにお渡ししている。

これらの中身は、操法をする側、受ける側、お互いが気持ちよく向き合えるように、またお互いできるだけ操法に集中できるようにということを目的として、お願いしているものだ。そのために、ご用意いただくものもあるし、守っていただくルールもある。
またこれらは、自分以外の来院者の迷惑にならないように、みんなで最低限のマナーを守りましょう、ということでもある。

といっても、たいしたことをお願いしているわけではない。
いろいろ書いてあるが、大雑把にまとめれば、

 ・ なるべく集中して操法を受けられるようにしましょう
 ・ 他の人の迷惑にならないようにしましょう
 ・ お互い、最低限の礼節を守りましょう

ということだ。

それでも、「ここの治療院は、うるさいことばっかり言う」という顔をされる方も中にはいらっしゃる。問い合わせの電話では、実際にそう言われる方もいる。(HPを見たのだろうから、イヤなら電話してこなければいいのにとも思うが…)
また、実際に来院されて、「まあ、サービス悪いのね」 といった感じの方もいるが、操法は、ドテッと寝転んで、「さあ、揉んでくれ」 といった類のものではない。お互いが、生命に対する礼節をもって、ある意味厳粛に臨むものである。
その自覚を持っていただくためにも、自分で使うものは負担にならない範囲で、ご自身で用意していただくし、当院の方も過剰なサービスは一切ない。

確かに、うるさく言う事柄もある。
それは、時間についてだ。
「予約時間の10分前までにおいで下さい」
「予約時間においでにならない場合は、治療をキャンセルさせていただくこともあります」
これは、後の予約の方に迷惑がかかりますので、時間厳守でお願いしますということだ。

「こっちは忙しい中、時間を割いて通ってるんだ。そんなに、毎回時間通りにこられるか」
「これでも、ぎりぎりの時間なんだ」

などと、おっしゃられる方もいるが、
「貴重な時間を割いていらしているのは、みんな同じです。
あなたの後に5人の方が続いていたら、あなたが遅れたら、
後の5人の人に迷惑をかけます。
最初から間に合うかどうかわからない時間には、予約を取らないで下さい」 
と言いたい。

実際には、電車が遅れたり、出掛けにお腹が痛くなったりと、やむをえない事情で遅れる場合もある。
もちろんそういうときは、こちらもできる範囲で融通を利かせる。
何でもかんでも、額面通りにということではない。
こちらがお願いしているのは、心構えと気遣いの問題だ。

いつも同じことを書くが、操法とは、お互いが礼節をもって真摯に取り組むべきものと考えている。
別に鹿爪らしい顔をして、儀礼的になる必要はない。堅苦しいのは私も苦手である。
ただ、操法は掛け替えのない命に対しておこなわれるもの、ということをお互いがしっかりと肝に銘じていることは大切だと思う。

一回一回の操法は短い時間ですが、一期一会の気持ちで、より良い時間を共有しましょう。

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