正体術 その1
正体術というのは、一種の健康法である。どういう健康法かというと、一日の活動で疲れがたまったり、いろいろに歪んだりしているの体を、「正体術」という一種の脱力体操で、一気にリセットしてしまうものである。
体の疲労や歪みを解消することで、ぐっすりと深く眠ることができる。ぐっする眠れると、体は元気になる。
疲れているとよく眠れるということはある。しかし、ぐっすり眠るには、体が弛むということが必要である。体の中に力が抜けないところ、眠っても弛まない筋肉の硬直があると熟睡することは難しい。
正体術を行うと、偏ってたまった疲労部位、つまり凝り固まって力の抜けなくなってしまった筋肉が適度に弛んで全身の筋肉のバランスが調えられる。
正体術の原理は、とてもわかりやすい。ギューッと力を入れて、パッと力を抜いて、ドサリと重みで落ちて、グニャリと筋肉が弛む。
無意識の筋肉の緊張は、弛めようとしても、自分で意識的に弛めることが難しい。たとえば肩こりなどは、自分では肩に力を入れているつもりはないのに、力が入りっぱなしになっている状態である。そういうときは、肩の筋肉にギューっと力を入れて、ストンと力を抜くと肩のこわばりが弛む。つまり、力が入ったまま、にっちもさっちもいかなくなっている筋肉が、逆に更に力を入れることで膠着状態が破れて力が抜けるのだ。
正体術は、それを全身に作用するように行うのである。
高橋迪雄氏が残した「正体術矯正法」の現代訳である「正体術健康法」(たにぐち書店)から、正体術のやり方を抜粋してみよう。
「今仮にここには全身の骨格に不正がなく、いわゆる正体の人として、その一日の労苦による全身の骨格の矯正法をかいてみましょう。というのは、いかに仕立ての立派な洋服でも、一日着て帰れば方々に皺が寄ったり、折れ目が乱れたりするもので、寝がけにこれをきちんとたたんで火のしをかける必要が生ずるのと等しく、どんな立派な申し分ない人でも、一日の終わりには正体術で全身の骨組みを矯正してから眠る必要があるわけです。
そこでまず正しく仰向けに寝たら、今度は頸と坐骨すなわち腰のところで身体を支えて、背中をぐっとそらし、やや上半身を反り橋のような形にして、背中を畳や蒲団などから離してしまうのです。こうすれば勢い胸が張ってきますから、肋骨整正の準備に、ここで肩甲骨(貝殻骨)を背中の真ん中で左右くっついてしまうようにするのです。
そして、手は真っ直ぐに両側につけてのばし、手のひらが上を向くようにします。
同時に足も真っ直ぐに伸ばしますと、腿の下も膝の下もぴったり下について膝が反るために、自然にかかとのところが畳から少し持ち上がるようになります。
こうして5、6秒、兎の毛ほども動かさずにじっとしていると、元より何の苦痛もありませんが、そのうちだんだん全身に力が満ちてきて、ほとんど強直状態に入った形になります。やがて疲れを覚えたら、今度は急に全身の力を抜いて、一時にからだ中グニャグニャにし、自然の重みでドサリを落とすのです。
誰しも思わずこのとき、深呼吸をせずにはおられませんが、その深呼吸が普通の呼吸になるまでじっとしています」
(「正体術健康法」 高橋迪雄著)
さて、「今ここに全身の骨格に不正のなく、・・・」 とあるが、つまりは元々体に歪みのない人でも、一日体を使うといろいろに歪んでくるということだ。そこで、その日の歪み、その日の疲れは、その日のうちに解消しておこうというのが正体術の主旨である。
整体でも、眠りが自然に体を回復させ、整えてくれることを重要視しており、操法の組立も、その場で何でも整えてしまおうとせず、その日、次の日に眠ることを計算に入れて操法を行う。
ともあれ、正体術で体をよい状態に整えてから眠ることで、十分に疲労も回復し、明日への活力が湧いてくるのである。
私は、自分の体を整える方法として活元運動、整体体操なども実践しているが、最近のお気に入りは正体術である。
正体術の面白いところは、昨日と今日、今日と明日の連続性が高度に保たれるところだと思う。
どういうことかというと、たとえば昨日は集中力が高まって心身が良い状態にあったのが、一晩眠って今日になったら、なんだかぼんやりとしてちっとも頭が冴えない、などということがある。昨日の良い状態が今日に引き継げない。
しかし、眠る前に正体術を行っておくと、昨日の集中力やテンションを睡眠中に損なうことがなく、今日に引き継げるのだ。
武術や芸事の練習などで良い感覚をつかんだと思ったのが、一晩眠ったら同じ感覚で動きが再現できなくなっているというようなことがあるが、正体術を行っておくと、そういう不連続性を回避できるパーセンテージがとても高くなる。
本来眠りには、獲得した記憶や技術(体の記憶)を安定させてくれる力がある。正体術を行って訪れる快適な眠りには、その眠りの本来の力が宿っている。
もちろん、眠りをはさんだ「連続性」といっても、心身の疲れなどのマイナス面の連続性は絶たれているのであるから、目覚めは快適であり、新しい一日のスタートとしての清々しさはいうに及ばない。
ただし、動作は単純なようでも正体術にも上手、下手がある。下手なうちは、なかなかここに書いたような目覚めではないかもしれない。けれど、誰でも毎日やっていくうちに、だんだんとコツがつかめてくると思う。
ちなみに、本当の深い眠りは以外と「眠った感」が少ないものだ。「あれ、今目をつぶったと思ったのに」 というぐらい気がついたら朝になっているような眠りが質の良い眠りである。「あー、今日はよくねむったな」 などというのは、以外と眠りが浅いのだから面白い。(こういうことは、体をみるとよく分かる)
この本の中には、正体術のもう少し詳しいやり方が書いてある部分がある。治療家の方、健康指導者の方々は、もし興味をもたれたら是非ご一読されることをおすすめする。この本は、かなり難解な部分も多いが、重心論(重心の左右偏り)など、興味深い内容が満載である。
一般の方は、下記の正体術倶楽部主宰の神崎先生のブログを参考にしてみるとイメージがつかみやすいかと思う。
正体術健康法ブログ「これが正体術です」