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丹田 あれこれ

先日、野中操法研究会(第二部)に参加させていただいた。今回もまた、たくさんの貴重な学びがあった。
主宰者の川島先生は、「野中操法はシンプルです」 とおっしゃるが、野中操法は実は難度も高く非常に奥が深い技術である。

さて、研究会で川島先生から興味深いお話を聞くことが出来た。それは、丹田の位置に関することで、ある種の体操法を行うと、翌朝丹田の一点が筋肉痛になるという。研究会では、その方法を実習したのだが、はたして翌朝臍下の一点が見事に筋肉痛を起こした。そして、それはまさに丹田の位置と一致していた。

整体では、腹部第一調律点、すなわち鳩尾(みぞおち)の力みが抜けていて、腹部第三(臍の三横指下)に力が集まっていることを以て整った体であるとする。
この腹部第三調律点は、俗に言う丹田に一致する。

一口に丹田といっても、実はその定義はいろいろである。
丹田という概念は、中国が発祥である。その語源は中国の煉丹術、つまり仙道にある。
仙道では修行によって不老不死を目指すが、その一つの方法が下腹部において気を練り上げ、丹という妙薬を作ることである。自らの気を練り上げて作るその丹薬が、不老不死の薬となるわけである。そして、そのメソッドを煉丹術とか内丹術などいう。

私の理解では、この場合の丹田とは、「丹」 と 「田」 からなる。
その丹の形成される処は、ツボで言うと気海穴の奥のあるとも、関元穴の奥にあるともいう。どちらにしても、臍の少し下の内部に入ったところである。
そして、その丹を練るための下腹のある領域が田である。丹ができるためには、田がなくてはならない。

また、丹田には煉丹術のように気を練る場所という意味合いもあれば、肥田式強健術でいう 「正中心」 のように身体の、特に腰腹の力の集約する一点を指す場合がある。つまり、気の場としての一面もあれば、身体の力学的な中心という面もある。

日本では、武術・芸事・療術・健康法などの世界で、 「腹(はら)」 ということが大変重要視されてきた。つまり、腰が決まり下腹部に力が集まってこそ、人間は能力が十全に発揮されるということだ。
この場合の腹(はら)は、多くは下腹部の充実した状態を指すが、この腹(はら)を丹田と呼ぶこともある。
また更に、その腹(はら)の力が集約する一点を以て丹田とする場合もある。
つまり、日本では丹田という場合、太鼓然と充実した下腹部をさす場合と、更にその中の臍下の一点をさす場合がある。(言葉の定義は流儀によっていろいろである)

丹田を錬成していく場合、下腹部に力を集めるといっても、むやみに腹に力を入れるのとは全く意味が違う。硬く固まった腹には丹も田もできようがない。
どちらかというと、柔らかく弾力のある腹にこそ力が集まる。
体のどこでも、硬く強張ったところは力を発揮することは出来ない。硬いということと、力があるということは別のことである。緊張と弛緩の幅が大きく、しなやかに弾力がある状態が望ましいのだ。これは腹部に於いても同様である。
その柔軟かつしなやかな腹部の一点に力が集まることが肝要なのである。

以前、正体術の上手・下手ということを書いたが、その上手の一つのポイントは、腹を柔らかく保ちつつ丹田の一点に力を集めるということである。それには、呼吸が一つのキーになる。

さて、腹部が充実して力が集まっても、それだけでは丹田の効用は万全ではない。いや、正確には丹田ができたとは言えない。
なぜなら、丹田というのは、体全体の中心なのである。すなわち、丹田を中心として体全体が一つに働くようでなければ、それは本当の意味での丹田とは呼べないのだ。

野中操法の創始者である野中豪作氏は、「人間は玉でごわす」 と言われていたそうである。臍を中心として玉を広げていくと胴体になる。そこから、頭、手、足を引き延ばしていくと人間が出来上がる。

整体では、「足は親指、手は小指」というが、丹田を中心に体が統一されると、足は親指に、手は小指側に力が通ってくる。
上肢第5調律点の尺骨側、つまり肘の小指側は弾くとビンと痺れるような響くような痛みが走るところである。ここが鈍くなって弾かれても感じないときは腰が硬直している。そして、腰がこわばると決断力が鈍り物事が決められなくなる。
これは腰と小指の連動を言っているのだが、腰と腹は表裏一体であるから、丹田に力が集まっていることと同じ意味である。丹田ができてくると、力が足は親指、手は小指に集まってくる。

そして、本当の意味で丹田が形成されると、肩の力がすっかり抜ける。(力が抜けるといっても、グニャグニャに脱力するということではなく、極々自然に力みが全く消失するのだ)
一つの目安として、「肩の力みが微塵もなくなって、同時に全身の力が統一されて動作できる」、という状態が本当の意味での丹田の形成が成されたということと言ってよいと思う。
まさに理想的な上虚下実であるといえる。

整体操法や野中操法、正体術の目指すところは、いわば丹田に力が集まる体作りともいえる。
もちろん、武術や諸芸において要求される「丹田力」というものは、一朝一夕に出来上がるものではない。長い年月をかけて練り上げていくものである。
しかし、整体法における健康体の重要な定義としての腹部調律点の 「順」 という意味合いに於いては、整体操法や野中操法で丹田に力の集まった体というものに導いていくことはできるのである。
いや、できるのは当たり前で、そのことがまさに操法の目的なのである。

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