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February 2012

嗅覚と危機察知能力 

最近、「香り」 を売りにしている柔軟剤が多い。香りが長持ちするとか、手で衣服を払うと香りが広がるなど、テレビCMなどでもよく見かける。

もちろん、多くの人に好かれる、“いい香り” に仕上げているのだろうが、過ぎたるは及ばざるがごとし。柔軟剤も使う量が多すぎれば、他人に不快感を与える。

一昔前は、強い香水やおじ様方の整髪料などが、一部嗅覚が敏感な(正常な?)人に敵視されていた。私も、特別嗅覚が敏感な方だとも思っていないが、香水のつけ過ぎなどは本当にやめて欲しいと思う。香水まみれのOLさんなどと同じエレべーターに乗り合わせたりすると、これは拷問に近い。こんな匂いをさせていて、同僚や上司などは何も言わないのかと首をひねってしまうこともある。

それが最近では、柔軟剤の過剰使用による匂いにも閉口することがある。体中から柔軟剤の芳香を撒き散らしている人に電車で隣に座られたりすると、思わず呼吸が浅くなってしまう。相手の気分を害さないように、さり気なく自然な感じを装って、席を立ってしまうこともある。

嗅覚は、五感の中でも適応しやすい感覚である。つまり、匂いは慣れてしまいやすいということだ。いつも使っている香水や柔軟剤の香りなども、次第に慣れてしまって使う量をどんどん多くしてしまいがちである。
同時に、“ちょっとキツイかな?” と思っても、すぐに慣れて自分では分からなくなってしまうのである。

実は、嗅覚というのは、危険を察知する能力とつながっている。
よく、“危険な香り” がするなどと言うが、危険は見えるものでも聞こえるものでもなく、匂うものなのである。
信用でいない人間のことを、“あいつは臭い” といったり、物騒なことが起こりそうな気配を “きな臭い” と表現するのも同じである。

嗅覚が鈍い人間は、危機を察知する能力も低い。

そもそも、哺乳類は、“警告フェロモン” とでも言うべき、ある種の匂いで、仲間同士でお互いに危険を知らせ合っているらしい。これは、人間も例外ではないと言う。

香水や柔軟剤などの人工的な匂いによって鼻が馬鹿になると、いろいろな意味で危険に対応する能力が低下する。日常的に鼻が鈍麻してしまわないように、常に身につける衣服に、香料の強い柔軟剤の使用は控えた方が良い。

治療院にも、こちらの手に匂いが移るような、かなりの柔軟剤ヘビーユーザーがくる。そういう人を操法すると、化学的に合成された匂いにやられて、こちらの頭が働かなくなる。
操法における体の観察というのは、ある種の危険を察知する能力に近いものが求められる。それが、化学合成臭に “やられる” と勘が鈍るというか、集中力が落ちるというか、たとえ僅かではあっても操法の質は落ちてしまう。

治療院では、匂いに対してアレルギーや過敏症を持つ人も来るので、来院される際には香水の使用はご遠慮頂いているが、そのうち 「柔軟剤の過剰使用はご遠慮下さい」 というお願いを追加する日が来るかも知れない。
それとも、「少しでも良い操法を受けたい方は、柔軟剤のご使用をお控え下さい」 とするべきか・・・。

杞人の憂い ― 2種体癖

2種体癖というと、杞憂という言葉を思い出す。杞憂の出典は、中国の古典 「列子」 である。

昔、杞という国に、天が落ちてきたり地が崩れてしまったりすることを心配して、夜も眠れず食事ものどを通らなくなった者がいた。また、その男の心配性を心配する者がいて・・・・

結局、天は落ちてこないし、地は崩れることもない、心配しなくても大丈夫だということを教えるのだが、この心配性の人は、おそらく2種体癖であろう。

2種の人は、絶えず何かを心配している。2種は、何かを心配せずにはいられない体の構造をしているのである。

上下型である2種は、1種と同様にエネルギーが頭の働きに転換しやすい。
ただし、1種が自発的に理論を展開していくことを楽しむのに対して、偶数体癖で受け身の感受性を持つ2種は、周りの状況や他人との関係性を軸に頭を働かせる。働かせる、というよりも、否応なく働いてしまう。そのため、2種は絶えず不安や心配、気の使いすぎ、取り越し苦労で頭を一杯にしているのである。

しかし、その心配の種を解決する有効な手段を提示しても、2種の人は耳を貸さない。その答えが的を射ているほど、まるで聞こえなかったかのようにスルーしてしまう。そして、相変わらず 「どうしよう、どうしよう」 を繰り返す。
そういう2種の行動を目の当たりにすると、もしかして、これはプレイなのか?と、疑いたくなる。不安プレイか?

そのくせ新たな心配の種が見つかると、今度はそちらに夢中になって今までさんざん騒いでいた心配事のことは、すっかり忘れてしまう。
2種の心配事の多くは大体その程度のことが多く、まさに杞憂なのである。

2種の悩みは、他の体癖の人から見ると、大抵は取るに足らないことばかりである。しかし、その心配事を抱えていることで、何かのバランスを取っているのかもしれない。2種は、絶えず心配事を抱えていないと、心配事がないというそのことが、今度は不安なのである。

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