「私はなんにも悪いことをしてこなかったのに、こんな病気になるなんて・・・」
だいたいは高齢の女性に多いが、年に何回か、こういった言葉を聞く。
この言葉の中には、人に迷惑をかけるような悪いこと、罰が当たるような悪いことをしていないという意味もあるが、体を毀すようなこと、体に悪いことはしてこなかったということもある。酒もタバコもやらないし、食事だってそれなりに気をつけていたのに、ということだ。
しかし、そういう人の体を観てみると、大抵あれやこれや体を損なうようなことを続けてきている状況がある。
例えば、長年の食べ過ぎ、だらだらと寝過ぎる習慣、冷えること・乾くことに対する無頓着、冷房に入りっぱなしの生活などなど・・・。
実は、体に悪いことを相当長く続けてきた結果の今があるのだが、“ 悪いことをしてこなかった ” と言う人たちは、悪いことをしてきたというよりも、それが悪いということを知らなかったのである。もしくは、知識として知っていても、自分のしていることがその悪いことに相当するとは分からなかったのである。
食べ過ぎは良くないということは知っていても、自分の食べる量が多いとは思わなかった。食べ過ぎというものは、他人と比べるものではなく自分の体にとって負担になるかどうかだということを知らなかった。
眠るのは、長ければ長いほど体が休まるので良いと思っていた。
鼻水が出ても、お腹にガスがたまっても、時に頭痛がしても、それが冷えから来るとは知らなかった。もしくは、手足が氷のように冷たくても、自分には冷えているという実感がなかった。冬は寒いのが当たり前だから、体が冷えても気にしなかった。
夏は汗をかくべき季節であり、汗をかかないで過ごすと秋以降にそのツケがまわってくるなんて知らなかった。
仕事や趣味などで偏った体の使い方をして、体の一部(目・手・腕・腰など)を酷使して負担をかけ続けた。
それが体を毀すことだとは知らなかった。もしくは、知っていたけれども、それでも使い続けなければならなかった事情があったが、その体を、ケアする方法を知らなかった。
また、疲れがたまっているのに、体が鈍くて分からなかった。
風邪を引いたら、ともかく薬を飲んで症状を押さえ込んだ。それが体の働き・感覚を鈍くさせることになるとは思わなかった。
などなど・・・。
「知ってさえいれば・・・」、ということは世の中にはいくらでもある。体のことに関してもそうである。
整体には、整体操法という体を調整する技術があるが、操法さえ受けていれば健康になるかといえば、そうではない。生きているのは他ならぬ自分自身の体であるから、体を調整することを通して、自分の生活を見直していかなければならない。
整体には、自然に添って体を活かす知恵が山のようにある。整体の操法は素晴らしいものだと思うが、それに勝るとも劣らないのが、それらの知恵の集積である。
そして、その知恵は、必ず体を観ることを通して活かされる。
生活に関する指導は、決して当てずっぽうでアドバイスをすることはない。体型が太めだからといって、“ 食べ過ぎですね ” と決めつけるわけでもないし、冬だからといって全員に “ 冷えていますね ” などと、時候に挨拶のように決まり切ったことを繰り返すわけでもない。
太っていても、それが体に合っている人もいる。寒い中でも、冷えによる悪影響を受けていない人だっている。
整体では、必ず体を観て、その人の体に起こっていることを読みとって、必要と思われる助言をする。
そして、生活を見直すといっても、それは特に難しいことではない。まさに、「知ってさえいれば」、というようなことがほとんどである。あとは、ちょっとした手間を惜しまなければいいだけだ。