« アルプスの少女ハイジ その1 ~クララはいかにして立ったのか~ | Main | アルプスの少女ハイジ その3 ~欲求、そして機を読むということ~ »

アルプスの少女ハイジ その2 ~認めさせるということ~

さて、クララがハイジの目の前で立ち上がる感動のクライマックス・シーンの前に、実はクララはすでに一度立ち上がっていた。

感動の回から2話さかのぼる48話、ハイジはペーターへの伝言をもって山の牧場へ行きく。午後のひと時、クララとフランクフルトからクララを訪ねて来ていたおばあさまの二人だけで、山小屋の近くの木の下で過ごしていた。

おばあさまがうとうととうたたねをしているときに、大きな牛が近づいてきた。驚いたクララは、恐怖のあまり背後の木にもたれながら思わず立ち上がる。
クララの悲鳴で目を覚ましたおばあさまが見ると、クララは木に背中をあずけてはいるものの二本の足でしっかりと立っていたのだ。おばあさまが驚き喜んでクララを抱きしめるが、クララは自分が立ったということにも気づかずに気を失ってしまう。

 

クララが牛に驚いて立ち上がれたのは、いわゆる 「火事場の馬鹿力」 が発揮されたということだろう。人間は、いざというときには普段では信じられない力を出すことがある。
いや、もともとそういう力を持っているのだが、普段はどうやっても出すことができない非常の力なのだ。常にはかかっている潜在意識のブレーキが、なんらかの理由ではずれることで発揮されるといわれる。

野口晴哉先生の本の中にも、神経痛やリウマチで動けない人をびっくりさせて治した経験が書かれている。操法布団の下からヘビなどを出して、「アッ、こんなのがいた」 と驚かすと、立てなかった人が立ってしまうのだそうだ。(古き良き時代ですね・・・)
またタバコを吸いながら話していて、女性の着物に灰を落としてしまったら、足が悪くて立つのが大変だった人がぱっと立ち上がって灰を払ってすましたて座った、などという話も載っている。
そういったときに野口先生は、「歩けますなァ」 とか 「おや、立ちましたね。ひとりで」 と言うのだと書かれている。
そこで 「立ちましたね」、「歩けましたね」 と一声かけて、相手に立てたことを認めさせてしまうことが、実は心理指導の要諦なのだ。

驚いたことをきっかけにせっかく立てたとしても、立てたということを本人に認めさせないとまた立てなくなってしまう。自分の力で立てた瞬間に、「おや、立てましたね」 と一言いわれることで、” あ、自分は立てるのだ ” ということが潜在意識に刷り込まれるのである。

ただし、ここで 「びっくりして、思わず立ってしまったんですね」 などとは言ってはいけない。それでは、“ たまたまびっくりしたから立てたのであって、そういうきっかけでもなければやはり立てない ” と連想してしまうからだ。

クララが残念だったのは、せっかく立てた後にすぐ気を失ってしまって、自分が立てたということを認識できなかったことだ。
自分が立ったということさえ信じられないのだから、その後いくら 「お前は立てたのだから、もう一度立ってごらん」 とおばあさまがいったところで、やはり立つのは無理なのである。

しかし、たとえ本人が憶えていなくても、自分だけの力で一度立てたことは大きかった。周囲の人がクララは立つことができると確信を持つことができたし、本人も周りの人の確信を借りて、少しずつでも自分は立てるのかもしれないと思うこともできただろう。
そして、たとえ意識では憶えていなかったとしても、体の方はちゃんと憶えている。体の記憶とでもいうものがある。きっと体の方は、自分の足で立ち上がったときの感覚をしっかりと憶えていて、それがきっとクライマックスで立ち上がることにつながっていったのであろう。

« アルプスの少女ハイジ その1 ~クララはいかにして立ったのか~ | Main | アルプスの少女ハイジ その3 ~欲求、そして機を読むということ~ »

心と体」カテゴリの記事