珍客
当院に操法を受けにいらっしゃる方々は、とても常識的な人が多く、私も非常に助かっている。
以前、まだ愉気や活元運動を教える集いなどを定期的にやっていた頃に、参加していた同業者の友人が、「君のところは、ずいぶん客層(?)がいいねぇ!」 と驚いていたくらいだ。
ただ不特定多数の方が予約を取って来院されるわけで、当然中には珍客(?)もいないことはない。(それでも滅多にお目にかかることはないのだが・・・)
最近なにかの拍子に、印象的な二組の珍客のことを思い出した。
一組目は、お母さんの付き添いで30代前半ぐらいの娘さんがいらしていたのだが、待合スペースにおいてあった女性向け雑誌を手に取って急に毒づき始めたのだ。
その雑誌は当院に通われている出版社にお勤めの女性が毎月持ってきてくださるもので、30~40代の女性をターゲットにしているようだ。
件の付き添いの娘さんは、その雑誌の読者モデルの華やかな生活ぶり(ホームパーティーとか、手の込んだ子供のお弁当とか、ファッションとか、インテリアのこととか・・・)が気に入らなかったらしく、「こんなのはよっぽどの暇人のやることだよ!普段からこんな服着て生活している人なんかいるわけないじゃん!!」 と、とめどなく読者モデルさんに毒づいていた。
お母さんの操法も終わっていたし、次の方もまだ来ていなかったので、とりあえずそのまま好きに毒づいてもらっていたのだが、だんだんとエスカレートしてきたので(お母さんも参戦)ちょっと静かにしてもらおうかと腰を上げたときに、ちょうど次の予約の方が来院された。
その次の予約の方がスーパーモデルのようなスタイルの良い方で、海外セレブがリゾート地でゆったりと午後のお茶を楽しむのにぴったりというようなゴージャスかつ品の良い恰好でいらした。雑誌の読者モデルの方々よりもよほどハイクラスの雰囲気を漂わせている。
私のところからは待合スペースが見えないのだが、毒づく声はピタリと止み、受付と華やかな海外セレブさんの和やかな会話だけが穏やかな空間を再構成していた。
後で聞いてみると、付き添いの毒づきさんは、横目でちらちらと海外セレブさん(日本人です)を気にしながらお茶を飲み(当院では操法の後にお茶をお出ししている)、そそくさと帰っていかれたそうである。
現実に普通に生息している海外セレブさんを目の当たりにして、ちょっとバツが悪くなったのだろう。
二組目は、今のところ最初で最後、空前絶後のヤンキー夫婦である。ヤンキーといっても20代半ばにはなっていただろう。
この若い夫婦、本当に操法を受けたくて来たのかと思うほど、最初から最後まで態度が横柄であった。
二人とも操法が終わり待合スペースでお茶を飲んでいたのだが、案の定足を無作法に投げ出して態度が悪かったようだ。
そこに次の予約の方がいらしたのだが、仙台からいらっしゃる建設会社の重役さんで、かなりの強面の方である。大学までラグビー部で、今も地元のシニアのラグビーチームに所属している現役のラガーマンだ。体格もかなりごつい。パッと見、その筋の方にしか見えないのだが、実は朴訥で心優しい素敵なおじさまである。
一組目同様に私のところから待合スペースは見えないわけだが、話声はピタリと止んで、息を詰めている様子が伝わってきて可笑しくなった。
後で聞いてみると、ヤンキーご夫婦は、横目でちらちらとその筋の(方のように見える)おじさまを気にしてお茶も飲まずに小さくなってなるべく気配を消そうとしていたそうである。
そこでその筋の(方のように見える)おじさまが、彼らのはす向かいの椅子に座ってカバンからなにやら器具を取り出した。ケースの中から出てきたのは注射器である。
慣れた手つきで自らの腕に注射を打つおじさまを見て、ヤンキーご夫妻はお茶もそのままに逃げるように帰っていかれたそうである。
おじさまは長年の糖尿病でインシュリンの注射を打たなければならないのだが、たまたまそのタイミングが操法を受ける前になってしまったのだ。
ヤンキーご夫妻は、きっと何かもっとその筋的な注射と勘違いしたのだろう。治療院の待合でその筋の注射を打つ人なんてまずいないと思うけれど・・・。
といった具合に、二組の珍客は当院の常連の方々に撃退されたのだった。どちらも10年くらい前の話だが、ちなみにその二組は各々その一度きりの来院であった。
冒頭に書いたように、当院に通われている方々はとても常識的な人が多く私も助かっているのだが、更に全く意識しないままに自然体で珍客まで撃退してくださるのだから、本当にありがたい限りなのである。