謎の禁煙席
都営地下鉄三田線で白山駅から一つ北上した千石駅の近くに、とある喫茶店があった。残念ながら昨年閉店してしまったのだが、全国展開のフランチャイズの珈琲店ながら、そこの店長さんが入れる珈琲は他店と同じ豆を使っているのだろうになぜか特別美味しく、たまに利用させてもらっていた。
その喫茶店は喫煙OKだったため、タバコを吸わない私にとっては、ちょっとした苦行となる場合もあり、いつも空いている時を見計らって入店していた。
といっても全面喫煙可ではなく、一応 分煙(?) はなされていた。ただし問題だったのは、禁煙席は入り口のそばの一テーブルだけだったことだ。
禁煙席なので、もちろんタバコを吸わない人が座るのだが、それ以外の席は全て喫煙可なので、禁煙席に座った吸わない人の周り中で皆がタバコを吸っているという不思議な光景が出現していた。
おそらく誰もが思ったことだろう。
果たして、この禁煙席に何の意味があるのだろうか、と・・・。
しかし、しばらく通ううちに面白い現象が起こり始めた。タバコを吸わない人が、禁煙席に座らずに、その隣のテーブルに座るのだ。そうすれば、少なくとも自分の隣には吸わない人が座ることになる。
この現象はすぐに定着し、そして広がっていった。すなわち、ただ一つの禁煙席の周りをタバコを吸わない人達が固め始めたのだ。
こうして、空けたままの禁煙席を中心に、NO喫煙エリアが形成されるようになった。
それ以外の席が埋まってしまうと、タバコを吸いたくて入ってきた客が、禁煙席しか空いておらず、すごすごと帰っていくこともあった。
そんなときには、非喫煙エリアを形成している人々は、決して顔を上げず、目を合わさず、そのことで静かに自らの固い意思を表明していた。そして店長は、満席を理由に当たり前のように入店を断っていた。
もちろん、非喫煙者が少なくてエリアを形成できない時もあるし、素人(?)の非喫煙者が禁煙席に座ってしまうときもあったりと(そんなときには、周囲の非喫煙者の心の中の舌打ちが聞こえるようだった・・・)、抵抗ともいえないほどの小さな抵抗であったが、吸わない人たちの間には、暗黙の了解、そして小さなレジスタンスの共有によるある種の連帯感が生まれていたのは確かだった。
ただ一つの禁煙席をあえて使わないことで、禁煙席を生かすという、まるで老子の 「無用の用」 を地で行くようなアイディアであったが、整体の世界でも、「あえて使わない」 ということがある。
本来の急処や患部に直接アプローチせずに、そこに関連する周囲・遠方のポイントに働きかけることによって体を整えたり治癒を促したりすることはよくある。
急処が過敏すぎて触らない方がよいとか、患部の痛みが強くて触れないということもあるが、周囲または遠いところから調整した方が実は効率が良いとか、効果が長持ちするとかいうこともよくあるのだ。
また、操法における指の使い方でも、母指を使って押さえるときには、なるべく母指の力を抜いて、それ以外の四指をうまく使って母指を生かすというのが基本になっている。
これもまた、周りを使って中心を生かす整体ならではの身体操作法である。
などと、ちょっとこじつけのように整体の話につないでいるのは、このブログでは整体もしくは治療院に関係ないことは書かないというルールを設定しているからであった。
実は、ただ謎の禁煙席についてどうしても書きたかっただけだったりする。
それにしても、あの禁煙席は、一体何のために設けられていたのだろうか・・・?
フランチャイズの規定に、必ず禁煙席を設けるような決まりでもあったのだろうか・・・。
それとも、凡人には理解できないような、なにか深淵な理由があったのだろうか。
今となっては、永遠の謎である。