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2015年10月

2015年10月 7日 (水)

「腕がいい」

少し前の話だが、TVでお笑い芸人が技量を示すジェスチャーで、自分の前腕を叩いているのを見て何かちょっとした違和感を覚えた。

その仕草はつまり、お笑いの 「腕がある」 ということのアピールなのだが、もしかして本来叩くべきは上腕、つまり二の腕なのではなかろうか?

子供の頃に、「あの大工さんは腕がいい」 というようなことを大人が話しているのを聞いたときに、思い浮かべたのは職人さんの筋肉の発達した立派な腕であったが、どちらかというならば前腕ではなく、力こぶのできる方の上腕の方を想像したような憶えがある。
これは、ポパイに代表されるような大きな力こぶが、子供の頃の力持ちの象徴だったのかもしれないが、今でも 「腕がいい」 と聞くと、どちらかといえばイメージは上腕にフォーカスされる。

 

「腕がいい」、の対義語というのは思い浮かばないが、反対の意味で使われる言葉は、「小手先」 であろう。
「小手先だけの」、「小手先で片付ける」、「小手先芸」、などなど・・・。小手先には、その場しのぎ的で、「本物」 ではない軽薄さが込められている。

しかし、整体は手指を用いて体を整える技術であるので、実は、「小手先が利く」 ことが高度に求められる。ただし当然のことだが、それこそ 「小手先だけ」 で操作するのでは、技術として全く用を為さない。

本当に小手先が利くためには、手首、肘と連動し、前腕が働かなければならない。手指・手首を動かす筋肉の多くは、前腕の筋肉だからだ。
また、前腕は、橈骨・尺骨の二本の骨が通っており、一本の上腕骨で構成されている上腕に比べて、構造上細かい動きを作ることに秀でている。
前腕の高度な働きは、単なる小手先芸を 「手が利く」 、「腕が利く」 ところへと昇華させる可能性を持つ。

 

もう十年以上前の話になるが、駒川改心流剣術民弥流居合術四心多久間四代見日流柔術など五流儀の宗家である振武舘黒田道場の黒田鉄山先生に、一時期ご指導を受けていたことがある。
黒田先生は、武術において力の絶対否定を旨とされている方である。腕なども一見ほっそりとされているのだが、重い真剣や居合刀(練習刀)を使われるためか、近くで拝見すると腕の筋肉は見事なものであった。特に前腕の筋肉は、肘に近づくに連れ驚くほど発達されていた。
剣を遣うには、当然手の内というものが重要になるわけで、黒田先生の柔らかさの極致といえる精妙な手の内の修練は、前腕の筋肉を極度に発達させたのであろう。

黒田先生が、極限まで力を抜いて柔らかく片手で持った木刀は、いくら力を入れて、また体重をかけて引っ張っても、まさに手の内に張り付いているがごとく、全く引き抜くことができない。それどころか、そのまま先生が歩き出すと、相手の方がずるずると引きずられてしまう始末である。
これはもちろん、単に前腕だけの働きで起こる現象ではなく、黒田先生の全身を一つに使う身体操作から生まれるものではあるが、あの細かい筋肉一つ一つまでが佳良に発達されている前腕の働きも大きく関与していることは間違いないであろう。

 

さてしかし、ここで 「腕の立つ」 剣の使い手というものを想像してみると、やはり 「立つ」 のは、前腕ではなく上腕、つまり二の腕の方ではないかと思う。

よく時代劇などでは、竹刀よりも軽々と刀を振り回しているが、実際の日本刀の重さはかなりのもので、腕の力だけで振り回すことなど到底適わない。いきおい、体全体を有機的に使って刀を操作することになる。
その時に活躍するのは、割合的にいえば前腕よりも体幹に近い上腕ということになろう。

ここで働くのは上腕といっているが、上腕の筋肉に力を入れるという意味ではなく、より大きく動かなければならないのが上腕であるということである。実際にその上腕を動かしているのは、上腕と肩甲骨・鎖骨を繋ぐ三角筋、上腕と体幹を骨格の上で繋げている肩甲骨の筋肉、そして広背筋などの体幹の筋肉である。
(ちなみに上腕二頭筋・三頭筋などの筋肉は、上腕を動かすためではなく、肘から先の前腕を動かす働きをしている)

 

骨格的に見ると、腕は胴体に直接つながっているわけではなく、上腕骨は肩甲骨に接続し、肩甲骨が肋骨の上に擬似的な関節を形成しているような構造になっている。
肩甲骨は腕の土台であり、その土台の肩甲骨が肋骨の上を滑るように動いて上腕が動く仕組みである。

腕のいい板前さんも、腕利きの職人も、その高度な手捌きは、体幹と手先を繋ぐ 「活きた」 二の腕が保証している。
手指を用いて体を整える整体操法では、手首、手の内、指が精妙に働く必要があるので、前腕が高度に働くようになるのは大事なことである。しかし、その肘から先の動きを安定的に支え、また体幹との連動を司っているのは上腕ということになる。

操法を見ても、この人は上手い、腕がいい、と思わせる人は、上腕が活きている。上腕が働いていない人の操法は、まさに手先で間に合わせている感じが否めないし、実際に操法の効果も本人が思っているよりも上がらない。

上腕が活きていると、腰腹から指先までの動きが分断されずに、体全体が一つの目的に向かって協調して美しく働く。また、そうした体の運用からは、より深い相手との気の感応が得られる。

「足は親指、手は小指」 と同様だが、「腕がいい」 というのも、腕に力を入れるということとは全く違う。それどころか、腕の力は抜かなければならない。
腕の力を抜くというのは、だらんと脱力するということとも違い、腹・腰・脇など体幹の力の集中に対して、相対的に力みがないということである。

記事冒頭のお笑い芸人は、芸人としてはいわば中堅どころに位置するのだと思われる。もっとベテランで芸が練れている芸人さんでは、もしかすると二の腕を叩くのかもしれない。
また、件の彼も、あと何年かすると、二の腕をパンパンと叩いているかもしれない。

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